2 / 51
転がり落ちた死体
仏眼相のある男
しおりを挟む阿伽陀晴比古は新幹線のホームでうつらうつらとしていた。
夢の中で晴比古は即身仏となり、右手で拝み、左手を衆生のものを救うように広げている。
即身仏ってこんなポーズだったっけな? と思う。
穴の中に入っているときは、鈴を鳴らしてるんじゃなかっただろうか。
そんなことを考えていたせいか、鈴の音が聞こえ始めた。
金縛りのときに、鈴の音が聞こえるとか言うが、今、まさにそんな感じだった。
身体が固まって動けない。
背中が痛い。
いや、背中が痛いのは、下がベンチのせいだ、と気づいたとき、頭の上から声がした。
「先生、先生、そろそろ来ますよ」
乗る予定の新幹線が到着するらしい。
「先生、起きてくださいよ。
もう~っ。
手間かけさせないで……先生っ。
頭から水かけますよっ」
ロクでもないことを言っているのは、助手の渋谷深鈴だった。
「人が少ないからって、ベンチで寝ないでください。
先生」
そう彼女が言った瞬間、頭から冷たいものを被っていた。
目を開けると、可愛らしい顔をした女が水のペットボトルを空にして、横に立っている。
「もう~。
先生ったら、しょうがないんだから~」
と大仰に眉をひそめてみせる。
「しょうがないのは、お前だ」
晴比古は起き上がりながら、文句を言った。
たまたま前を通ったサラリーマンらしき男がぎょっと振り返り、こちらを見ている。
当たり前だろう。
ベンチにびしょ濡れの男が居るのだから。
「ほんとにかける奴があるか」
「えーっ。
私、散々警告しましたよーっ」
嘘つけ、一度しか言ってないだろう、と思う。
「……何故、かけた」
「えっ?
人が居ないからですかね?」
深鈴は、しれっとして、そんなことを言う。
「そうだ。
人は少ない。
ベンチに寝てる俺も、本来なら迷惑なのかもしれないが、今、誰も此処らに居ないじゃないか。
俺が居なくなったら、関係ない。
お前がかけた水は俺が居なくなっても、残るだろうが」
「大丈夫ですよ、大半、先生にかかってますから。
気になるのなら、先生が拭いたらいいじゃないですか。
あら、迷子」
と深鈴はもう他所を向いてしまう。
髪を片側だけ、結っている可愛いらしい女の子だ。
泣きながら、ホームを行ったり来たりしている。
その子のところに行かないまま、深鈴は周囲を見渡していた。
その子に向かい、呼びかける。
「ホーム違うよ。
ママ、隣のホームだよ」
深鈴は線路を挟んで向かいのホームを指差してみせる。
たくさん子供連れた女が新幹線を待っていた。
深鈴が大きく手を振ると、彼女はその仕草に惹かれたかのように、こちらを見た。
そこで、ようやく彼女は、己の子供を見、驚いた顔をする。
慌てて頭を下げ、連れていた他の子たちの手を引いて、すぐにエスカレーターを降りていった。
子供は乗るエスカレーターを間違えたらしく、母親は連れている子供の多さに、ひとり見落としていたようだった。
「何故、わかった?」
子供と母親が去ったあと、晴比古は訊く。
「あの母親。
手首にこの子がやってるゴムと同じゴムをはめてたんですよ」
晴比古は目を細めて、無事再会した親子の居る向こうのホームを見、
「よくわかったな」
と呟く。
深鈴は少し威張るように腰に手をやり言った。
「少し気をつけて周囲を見てればわかりますよ。
先生も人に頼ってないで、自分で推理されたらどうですか?」
「……俺が犯人の目星をつけてやってるから、お前が推理できるんだろうが」
「怠け者にも、程がありますよ」
と深鈴は眉をひそめて見せる。
母親は、こちらに向かい、何度も頭を下げていた。
子供の頃から不思議な能力があった。
いや、親指にあれが出来てからか。
最初は薄い線だったのが、やがてはっきりと。
両の親指に、仏眼という目のようなものが出来た。
霊感が強い人間に出来るものだと言う。
しかし、自分のそれは少し変わっていて、目の中に、赤い瞳のような痣があるのだ。
それからだ。
相手の手を握ると、その人物が罪を犯しているかどうかわかるようになったのは――。
ただ、何故、そんなことをしたのか。
なんの犯罪を犯したのかはわからない。
だから、募集した。
『推理できる助手、募集中。
仏眼探偵事務所』
なんて他力本願な、と張り紙を見てやってきた助手が睨む。
顔で採用したわけではないが、深鈴は、かなり可愛い顔立ちをしている。
就職活動中に、『名古屋のコインロッカーまで一万円でバッグを運んでくれる人募集』とか書いている、ろくでもない手書きのチラシの下にあった、うちの張り紙を見てきてくれた有難い存在だ。
おかげさまで、本当に楽出来ている、と晴比古は思っていた。
やっと乗ったな、と亮灯は思った。
仏眼探偵を名乗る、仕事をしているんだかいないんだか――。
いや、していない気がする男は、新幹線に乗っても、まだうつらうつらとしていた。
窓に寄りかかればいいのに、変に男気を出して、助手に窓際の席を譲ったものだから、肘掛に頬杖をつき、眠るはめになったようだった。
さりげなく彼を窺っていたのだが、扉が開き、入ってきた男とぶつかりそうになってしまう。
「すみません」
と亮灯は頭を下げ、そそくさとその車両を出た。
これでようやく、願いが叶う――。
0
お気に入りに追加
78
あなたにおすすめの小説
強制憑依アプリを使ってみた。
本田 壱好
ミステリー
十八年間モテた試しが無かった俺こと童定春はある日、幼馴染の藍良舞に告白される。
校内一の人気を誇る藍良が俺に告白⁈
これは何かのドッキリか?突然のことに俺は返事が出来なかった。
不幸は続くと言うが、その日は不幸の始まりとなるキッカケが多くあったのだと今となっては思う。
その日の夜、小学生の頃の友人、鴨居常叶から当然連絡が掛かってきたのも、そのキッカケの一つだ。
話の内容は、強制憑依アプリという怪しげなアプリの話であり、それをインストールして欲しいと言われる。
頼まれたら断れない性格の俺は、送られてきたサイトに飛んで、その強制憑依アプリをインストールした。
まさかそれが、運命を大きく変える出来事に発展するなんて‥。当時の俺は、まだ知る由もなかった。
このブラジャーは誰のもの?
本田 壱好
ミステリー
ある日、体育の授業で頭に怪我をし早退した本前 建音に不幸な事が起こる。
保健室にいて帰った通学鞄を、隣に住む幼馴染の日脚 色が持ってくる。その中から、見知らぬブラジャーとパンティが入っていて‥。
誰が、一体、なんの為に。
この物語は、モテナイ・冴えない・ごく平凡な男が、突然手に入った女性用下着の持ち主を探す、ミステリー作品である。
リモート刑事 笹本翔
雨垂 一滴
ミステリー
『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。
主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。
それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。
物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。
翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?
翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!
友よ、お前は何故死んだのか?
河内三比呂
ミステリー
「僕は、近いうちに死ぬかもしれない」
幼い頃からの悪友であり親友である久川洋壱(くがわよういち)から突如告げられた不穏な言葉に、私立探偵を営む進藤識(しんどうしき)は困惑し嫌な予感を覚えつつもつい流してしまう。
だが……しばらく経った頃、仕事終わりの識のもとへ連絡が入る。
それは洋壱の死の報せであった。
朝倉康平(あさくらこうへい)刑事から事情を訊かれた識はそこで洋壱の死が不可解である事、そして自分宛の手紙が発見された事を伝えられる。
悲しみの最中、朝倉から提案をされる。
──それは、捜査協力の要請。
ただの民間人である自分に何ができるのか?悩みながらも承諾した識は、朝倉とともに洋壱の死の真相を探る事になる。
──果たして、洋壱の死の真相とは一体……?
昭和レトロな歴史&怪奇ミステリー 凶刀エピタム
かものすけ
ミステリー
昭和四十年代を舞台に繰り広げられる歴史&怪奇物語。
高名なアイヌ言語学者の研究の後を継いだ若き研究者・佐藤礼三郎に次から次へ降りかかる事件と災難。
そしてある日持ち込まれた一通の手紙から、礼三郎はついに人生最大の危機に巻き込まれていくのだった。
謎のアイヌ美女、紐解かれる禁忌の物語伝承、恐るべき人喰い刀の正体とは?
果たして礼三郎は、全ての謎を解明し、生きて北の大地から生還できるのか。
北海道の寒村を舞台に繰り広げられる謎が謎呼ぶ幻想ミステリーをどうぞ。
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
憑代の柩
菱沼あゆ
ミステリー
「お前の顔は整形しておいた。今から、僕の婚約者となって、真犯人を探すんだ」
教会での爆破事件に巻き込まれ。
目が覚めたら、記憶喪失な上に、勝手に整形されていた『私』。
「何もかもお前のせいだ」
そう言う男に逆らえず、彼の婚約者となって、真犯人を探すが。
周りは怪しい人間と霊ばかり――。
ホラー&ミステリー
隅の麗人 Case.1 怠惰な死体
久浄 要
ミステリー
東京は丸の内。
オフィスビルの地階にひっそりと佇む、暖色系の仄かな灯りが点る静かなショットバー『Huster』(ハスター)。
事件記者の東城達也と刑事の西園寺和也は、そこで車椅子を傍らに、いつも同じ席にいる美しくも怪しげな女に出会う。
東京駅の丸の内南口のコインロッカーに遺棄された黒いキャリーバッグ。そこに入っていたのは世にも奇妙な謎の死体。
死体に呼応するかのように東京、神奈川、埼玉、千葉の民家からは男女二人の異様なバラバラ死体が次々と発見されていく。
2014年1月。
とある新興宗教団体にまつわる、一都三県に跨がった恐るべき事件の顛末を描く『怠惰な死体』。
難解にしてマニアック。名状しがたい悪夢のような複雑怪奇な事件の謎に、個性豊かな三人の男女が挑む『隅の麗人』シリーズ第1段!
カバーイラスト 歩いちご
※『隅の麗人』をエピソード毎に分割した作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる