冷たい舌

菱沼あゆ

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神降ろし

真相

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 なんのことだかわからないままの和尚の前で、薫子は微笑んで言った。

「せっかく手に入れた龍神の巫女を、そう簡単に手放すわけには行きませんからな、姫神様。

 それに―― これは、可愛い孫の『透子』の望みでもあるのですから」

 つまり、本当は貴方の望みでもあるのですよ、と言い終わる前に、逃げるように薫子の姿は掻き消えていた。

 その瞬間、腕の中の透子がびくり、と震えた。

 きゃっ、と目の前に居た透子の姿が、小さな叫びを残して消える。

 な、なんだ!?

 『透子』が、微かに身じろぎをしたように感じた。

 よく見ると、その頬に赤みが戻っており、睫が微かに震えている。

「と……透子?」

 ゆっくりと瞼が開き、透子のあの愛らしい黒い瞳が開かれた。

 嬉しいよりも何よりも、茫然とその変化を見守る。

 なんでだ?
 こいつ、確かに死んでいたはずなのに。

「透子?」
「いったーっ!」

 呼んだ声さえ掻き消すように、甲高い声がした。

 見ると、死んでいたはずの透子が後頭部を抑え、起き上がっている。

「やだっ、なにっ!?

 此処何処っ。
 水の中っ!?

 なんで私しゃべれてんのっ。
 てか、なんで生きてんのっ!?」

 お前……と和尚は、どれほどそれを望んだかも忘れて、生き返った透子の騒々しさに、砂地に両手をつき、項垂れた。

「あっ、そうよ!
 私、死んだんだったわ!」

 和尚? とこちらに気づき、
「あんたも死んだの?」
 などと呑気なことを言う。思わず脳天に手刀を叩き落としていた。

 いったーっ! なにすんのーっ、と透子は頭を抑えて叫ぶ。

「それでなくても、頭ガンガンするのにっ」

 しゃがむ体勢になった透子は後ろ頭を摩っている。

「そりゃあ一回死んだんだからな。
 頭くらい痛いだろうよ」

 死んだ? と透子はあの黒い瞳を瞬かせる。

「やっぱりそうなの?
 じゃあ、なんで私、蘇ったのかしら」

 そう呟いたあとで、己れのうちに降りていくような目をした。
 瞳の色ひとつで、さっきの姿と重なる。

 ああ、と透子は呟いた。

「あんたがあんまりしつこいから――」
「てめえ……」

 人間の姿をした透子に言われるとむかつく。

 だが、そんな日常的な会話ができたことに、心の奥深くで、ほっとしていた。

「そうだ。私、望んだというより、瞬間的にこの身体に吸い込まれていたんだわ。

 まだ繋がっていたのよ、へその緒みたいに。この」
と己れの額の中央を指差した。

「封印と私の魂が。
 完全に切り離されてなかったの。

 私が魂だけになったときは、その―― 神に戻っている。

 神? かな?

 便宜上、そう呼んでるけど、なんだかわかんないわ。

 結局、人間に使役させられてる。
 なんか人でないものよ」

 自嘲気味に透子は言う。

「一度離れたら、私はもうこの身体には戻れないはずだった。

 私が人の身体に降臨するのは、人の許しがなければできないから」

 人の枠の中に入れてもらうってことね、と透子は言う。

「待て。
 じゃあそもそも、どうやってお前は人になったんだ?

 ババアが許可したとか言ってたが」

「聞いたことあるでしょう?
 私たちが産まれる前、天満さんは旅先で熱病で死にかけた。

 お祖母ちゃんは、どうしても天満さんを助けたいと思った。

 でも、龍神にはもうその力はなかったから、私に願ったの」

 その代わり、自分が孫として産まれて来ることを許したのだと、透子は言った。

「これが願掛けの真相。

 でも、実際のところ、この取引には裏があった。

 たぶん、あのときのお祖母ちゃんには、あまり前世の記憶はなかったろうけど、無意識のうちに、前世の思惑を叶えようとした。

 私を利用して、龍神をうまく扱える巫女を作るってことね。

 だから、お祖母ちゃんが私に全財産くれたのは懺悔。

 そういう取引のふりして、私をだまくらかして龍神の巫女の身体にぶち込んだから」

 透子は、いつの間にか手許の砂地に落ちていた懐剣に気づき、それに手を触れる。

「八坂の剣――。
 そうか、魂はともかく、身体が復活したのは何故かと思ったら、これのせいね」

「え?」

「あの剣、引き抜いたとき、十年前のまま、龍神の血が滴っていた。

 私は流れ出る血でこの淵を清めたけど、その代わり、剣から龍神の血が入った。

 その……今日は満月だから、私、また、狂いなく月のものが来たのよ」

 少し赤くなって川面に揺れる月を指差す。

「身体から、不浄の血も含め、すべての血が流れ出して――。

 傷口から入り込んだ龍神の血と入れ替わった。
 簡易的な死と再生の儀式ね。

 そうして蘇った身体と、私の魂がまだ封印で繋がっていたから、この身体に引き戻されたってわけよ」

「……待て。
 それだと、ちょっとおかしくないか。

 なんでそう都合よく、今日、加奈子が満願を迎え、邪霊たちが動いたんだ?」

 不浄の血まですべて入れ替わったからこそ、それが成ったとすれば。

 今日、この満月の夜でなければ、その儀式は完成しなかったはずだ。

 透子は黙っている。

「……ババアは何処に居る?」

「たぶん、上――
 天満さんが居るから」

「上がるぞ、透子っ」
と彼女の手を掴んだ。

 しかし、その話でいくと、もし夕べ、手を出していたら、透子は蘇れていなかったのでは。

 辛うじて、彼女の魂と身体を繋いでいたのは、あの男を寄せ付けない封印だったのだから。

 間一髪だったと、ゾッとする。

 あのババア、教えときやがれ~っ!

 恩も忘れて和尚は心の中で絶叫した。



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