77 / 80
神降ろし
終焉3
しおりを挟む昔のような静寂を取り戻したほとりでは、天満が咳き込む加奈子の背を撫でていた。
和尚は、ほとりに上がり、力を剥ぎ取られ蹲る加奈子を見下ろした。
「和尚くんっ!」
和尚が何をしようとしているのか気づいた春日が、加奈子を庇って前に出る。
感情の籠らない目で、和尚はそれを見た。
「退け、春日」
「駄目だ! 和尚くん!」
「何故だ? そいつが透子を殺したんだ。
そいつさえ、余計な手出しをしなければ、今、死ぬことはなかった!」
一分でも、一秒でも、長く生きていて欲しかったのに……っ!
「和尚くん……」
春日は、それでも加奈子を庇い、首を振る。
「駄目だ。
君は透子さんが命を捨ててまで取り戻させてくれた力で、人を殺めるつもりか!
神の力で人を殺せば、君は本当に人ではなくなってしまうぞ!」
だが、和尚は嗤っていた。
「春日。
透子はもういないんだよ。
『神凪透子』はもう何処にもいないんだ。
そんな綺麗ごとになんの意味がある?」
その目は、春日を映してはいたが、映してはいなかった。
目の前にある情景など、鏡の向こうのことのように遠い。
「和尚」
いつの間にか加奈子の後ろに居た忠尚が呼びかける。
「お前まで、その女を庇うのか?」
そうじゃないよ、と忠尚は首を振る。
そして、加奈子、と優しくその名を呼んだ。
信じられないその響きに加奈子はおそるおそる振り返る。
「たっ……忠尚さんっ!」
「忠尚くんっ!」
忠尚は後ろから加奈子の首に手を回していた。
その手に握られているのは、八坂の剣。
「一緒に逝こう、加奈子。
俺が間違ってた。
透子に拒絶されるのが怖くて。
あいつに拒まれたら、生きていけないと思って、他の女で誤魔化して。
こんなに追い詰められるまで、何も言えなくて。
結局、透子を死に追いやった。
……わかってるよ、加奈子。
お前が悪いんじゃない。
なにもかも俺のせいだ。
だから―― 一緒に逝こう」
加奈子が引きつった顔で忠尚を振り返ろうとするが、強い力で押えつけられていて振り向けない。
「やめるんだ、忠尚くん。
君が手を汚すことはない!」
「いいんだよ、春日。
これでいいんだ。
俺が透子にしてやれることは、もう他にない。
な、兄貴」
和尚は、ただ、うつろな眼でそれを見ている。
ひんやりとした刃先が加奈子の首筋に当たる。
「忠尚さんっ!」
加奈子が絶叫した。
そのとき、ごぽりと音がした。
全員の目が、思わず、淵を向く。
「ああっ!」
水音とともに、大きな白いものが凄い勢いで、空へと駆け昇った。
巻き上がる飛沫。
夜気に身を躍らせたのは、白銀の見事な龍だった。
透子が見せたかつての龍神とは違う。
牙も角もない。悲しい瞳をした白い龍。
闇に浮かび上がるその姿は、この世のものとも思えないほど、美しかった。
忠尚はその手から剣が消えていることさえ気づかずに、その姿に見惚れていた。
天に跳ねた龍は舞うように旋回する。
空にまだ残っていた邪気をすべて払うと、和尚たちの上を身をくねらせて回り、そのまま淵へと静かに身を沈めていった。
言葉もなく見守る人々の耳を、すべてが終わった後の静けさが打つ。
和尚は黙って淵を見つめていた。
その静寂を破ったのは加奈子だった。
「……めんなさい。
ごめんなさい、ごめんなさいっ!」
まるで白龍の輝きに当てられたように、加奈子は顔を覆って泣き始める。
加奈子の口から吐き出される謝罪の言葉は和尚の耳を素通りとして行った。
彼の脳裏には今見た、透子の化身としか思えない端麗な龍の姿が焼きついていた。
気づいたら、袴を澄んだ淵の水が濡らしていた。
「和尚っ!」
「和尚くんっ!」
和尚はすっかり元に戻って、白く清廉な光を放ち始めた月を見ながら、淵に足を進めていった。
ああ……綺麗な月だな、透子。
ずっとお前と見ていたかったよ。
そして、あの幻影みたいに、この淵の黄昏で、お前を見てみたかった。
『お前が望むなら、ずっとお前の側に居てやるよ』
「……この嘘つきが」
真っ白なクレーターさえ見えそうな大きな月が黒い林の上に浮かんでいた。
忠尚たちの声は耳に押し寄せる水に飲み込まれ、やがて、消えていった。
0
あなたにおすすめの小説
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
呪われた少女の秘された寵愛婚―盈月―
くろのあずさ
キャラ文芸
異常存在(マレビト)と呼ばれる人にあらざる者たちが境界が曖昧な世界。甚大な被害を被る人々の平和と安寧を守るため、軍は組織されたのだと噂されていた。
「無駄とはなんだ。お前があまりにも妻としての自覚が足らないから、思い出させてやっているのだろう」
「それは……しょうがありません」
だって私は――
「どんな姿でも関係ない。私の妻はお前だけだ」
相応しくない。私は彼のそばにいるべきではないのに――。
「私も……あなた様の、旦那様のそばにいたいです」
この身で願ってもかまわないの?
呪われた少女の孤独は秘された寵愛婚の中で溶かされる
2025.12.6
盈月(えいげつ)……新月から満月に向かって次第に円くなっていく間の月
あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜
瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。
まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。
あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……
夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる