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神降ろし
儀式
しおりを挟む和尚と忠尚と春日は、何故か一緒にテントの端にしゃがんでいた。
おい、と和尚が最初に声を出した。
なんだよ、と忠尚が答えると、
「別にお前に話しかけたわけじゃない」
と言う。
忠尚は、むっとして。
「じゃあ、春日、答えろよ」
「え? 僕がですか?」
なにやっとんじゃ、こいつらは、と公人は呆れたように三人を見ていた。
「透子、ちょっと遅いと思わないか」
「そうですねえ。
遅いですねえ、忠尚くん?」
「そうだな。
ちょっとおかしいかもしれねえな、春日」
「おかしいかもしれませんねえ、和尚くん」
人のいい春日は、二人の通訳になってしまっている。
聞いてる方が苛々してきて、公人はちょうど片付けようと手にしていた大きな舞扇で椅子の背をはたいた。
「お前等、うっとおしい会話はやめんかっ」
和尚はしゃがんだまま、公人を見上げた。
「透子、遅いじゃねえか」
「じゃあ、捜しに行けばよかろうっ」
と癇癪を起こして叫ぶ。
ほんっとに、素直じゃないんじゃから、こいつら。
夜の龍王山は月の光もあまり入らず、透子でも恐いと思うことがある。
やはり、此処は神の山だ。
迂闊に足を踏み入れたら、違う世界に引きずり込まれてしまいそうだった。
林の中に、透子の歩みを妨げる大きな倒木があった。
既に子どもの頃にはあった気がするそれは、びっしりと緑に苔むしている。
今では軽々と飛び越えられるその木を、ずっと淵への境界のように感じていた。
袴も足袋も、僅かに覗くくるぶしも、夜露にひんやりと湿る。
ところどころに星が見えるだけの、鬱蒼とした林を抜け、淵へ出ると、不吉な生暖かい風が透子の髪をかきあげた。
淵を取り囲む黒い木々が梢を揺らし、淵との距離を狭めようとしている気がした。
透子は祠が無惨に壊されているのに気づいた。
そして、その前に――
小さな花柄のスカートを風に靡かせた女が立っていた。
怪しく嗤うその口許が、忠尚の前で愛らしく微笑んでいた彼女を幻のように感じさせる。
「やっぱり、あなただったのね。
――加奈子さん」
そこを退いて、と、ふいと顎をしゃくるようにして透子は言う。
「厭よ」
ねえ、透子さん、と嗤いながら加奈子は厭な声を上げた。
「私、こいつらから力を貰って気づいたの。
この淵に、龍神なんて居ないじゃない」
加奈子は淵を前に勝ち誇る。
「とんだ巫女神様ね。
居もしない龍神を祀り上げて、みんなに敬われて」
透子は、その言葉を受け止めるように、目を閉じたが、すぐに瞳を露わにして言った。
「そこを退いて」
加奈子が、すっと手を挙げる。
そこに赤い霧のようなものが宿った。
「止めてみなさいよ! その神の力で!
出来るものならね!」
嘲るように叫ぶ加奈子は、澱んだ淵にとどめを刺そうと、その手を薙ぐ。
透子は彼女に肩からぶつかっていった。
まさか体当たりで来るとは思っていなかった加奈子は、ふいをつかれて引っ繰り返る。
透子はすかさず、逃がさないよう馬乗りになった。
膝で加奈子の手を押さえ、懐から抜いた白い布に包まれた懐剣を取り出す。
その形状に加奈子はそれが何かを察したようで、ひっ、と潰れた蛙のような声を上げた。
「そっ、そんなもので私を刺したら、あんた殺人犯よ」
「だったら、なに――?」
月光の下、透子は酷薄な笑みを見せる。
「私はもうすぐ死ぬの。
後で人がなんて罵ろうと関係ないわ」
その、ぞっとするような赤い口許にか、加奈子は顔を引きつらせる。
加奈子さん、と呼びかけた。
押し倒されている加奈子の手のすぐ側で、沼のように濁った淵が、こぽり、と音を立てる。
ざわりと、押さえていた加奈子の皮膚が、緊張のあまりか硬くなるのを感じた。
透子は半眼になっていた目を、ゆっくりと開く。
何処を見ているのかわからない瞳で微笑み、透子は言った。
「加奈子さん。
龍神は――
此処に居る」
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