冷たい舌

菱沼あゆ

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神降ろし

私が被害者なんですが……

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 和尚が仮設テントで衣装を脱ごうとしたとき、
「あー、疲れちゃった」
と座っていた透子がそのままの格好で、向かいのパイプ椅子に、どっかと足を伸ばして、公人に叱られていた。

「透子! 若い娘がみっともない!」

「だあって、緊張しちゃって。
 身体、ガチガチなんだもん」

 春日が素直に感心したように言う。

「いや、でも凄かったです。
 僕、透子さん一人のときの舞を知りませんけど、これからお二人で舞われたらどうですか」

「今年は特例だよ」
 素っ気なく和尚は言った。

 透子の脱いだ上衣を衣桁にかけていた公人が訊く。

「それより、忠尚はどうしたんじゃ?」

「知るか、あんな奴!
 また、どっかの女と、ほろほろしてるんだろ」

 公人は自分の側のテントの白い幕を指さして言った。

「いや、なんで此処に居るのに、入って来んのじゃと聞いとるんじゃ」

「なに?」
「忠尚!?」

 知っていたらしい春日は肩をすくめて見せた。

 透子は立ち上がり、公人の側に行くと、着物が汚れるのも構わずしゃがみ込んで、テントの裾を捲った。

 僅かな隙間から外に顔を出す。

「……透子」
 掠れてはいるが、聞き慣れた声がした。

 むっと和尚はそちらを見る。

「……入っておいでよ」

 やさしい声で透子が言うのが気に入らなかった。

 そいつは、卑怯な手段でお前を手に入れようとした男だぞ。

 もう弟だとも思いたくなくて、目を逸らす。

 恥知らずにも忠尚は、おずおずと入口に回って入ってきた。

 顔も合わさない自分を透子が肘でつつく。

 それにカッとなって叫んだ。

「なんで、お前が仲裁に入るんだよ!
 お前、こいつのしたこと許すのかっ」

 その声に慌てた透子が後ろから飛びつくようにして、口を塞いだ。

 公人と春日が自分を見ていた。

 さすがに此処ではまずいと思い、小声で、外に出ろ、と透子に促す。

「え? どうして?」

「此処じゃまずいだろうから、外に出ろっつってんだよっ」

 だが、既にそれは小声ではなくなっていた。

「和尚くん、どうかしたんですか?」

 そう問いながらも、鋭い春日は、何があったのか、ある程度、察しているようだった。

 和尚はフォローを諦めて、正面から忠尚を睨む。

「お前、よく此処に顔出せたな」

 神妙な顔をしていた忠尚が、一転むっとした顔で睨み返してくる。

「透子ならともかく、お前にゴチャゴチャ言われたくねえよ。

 さっそくもう、亭主きどりかよ。このエセ大僧正っ!」

「なんだと!?
 結婚詐欺師みたいな真似ばっかりしてる癖に、お前なんざ、透子のカウンタックに轢かれて、死んじまえっ」

 すぱん、すぱん、と二人とも頭をはたかれた。

 振り返ると、扇を持った透子が腕組みして立っていた。

 なんで私のカウンタックよ……と呟いている。

「あのねえ、二人とも。
 被害者は私なのよ。

 許すか許さないかを決めるのは私なの。

 あんたたちだけで、勝手にエキサイトしないでくれる?」

「お前、こいつを許すつもりか?」

 ついらしくもなく声を荒げると、ふうっと透子は息をつき、目頭に指を当てて言った。

「まあ、許したくないとこなんだけど、許さないと、仲直りしないでしょう?

 気持ち悪いのよ。
 あんたたちが喧嘩したままだと」

「気持ち悪いとか悪くないとか……」

 そういう問題か?

 だが、透子は溜息のあと、なおもこう言った。

「和尚、お願い、仲直りして」

「嫌だね」
「仲直りしろっつってるでしょうっ!?」

 透子は和尚の片頬を掴んで引っ張った。

「なにしやがるっ、この野郎っ」
と言ったつもりだったが、言葉にはならなかった。

「やめろ、透子!
 俺の前でいちゃつくな!」

 忠尚の声に、透子が手を放す。

「別にいちゃついてなんか」

「俺の目にはそう見えるんだ!

 いいか、透子。
 俺とこいつが仲直りすることなんか金輪際ないからな!」

「お前が言うなっ。
 それは俺の台詞だっ」

「それから、俺は寺を出るからな」
「忠尚!?」

「だって、お前、こいつと結婚するんだろ!?
 その尻拭いに、こいつのお下がりの寺を継ぐなんて俺は真っ平ご免だからな!」

「……俺のお下がりってもんでもないだろうが」

 眉をしかめるのを見た忠尚は意地悪く笑う。

「ははん。
 ざまあみろ。

 これで後継ぎが居なくなったら、一層お前等の結婚に親父は反対するな」

 エスカレートする一方の二人に、透子は溜息をついて、ちょっとタイム、と手を挙げた。

「わたし、喉乾いちゃった。
 何か持ってくるわ。みんな適当でいい?」

 ああ、と返事をすると、透子はテントから出ていきかけて振り返る。

「あのさ、和尚」
「なんだ?」

 顔をあげると、透子は暫く顔を見て、黙っていたが。

「いや、なんでもないや。
 後でね――」

 そう笑って手を振って出ていった。

「なんだよ、和尚にだけ」

 そんな忠尚の声が聞こえた。



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