63 / 80
はじまり
それぞれの罪
しおりを挟む天満はシャッターの閉まった店内に一人、座っていた。
もう何時間そうしていたことだろう。
明かりをつけることさえ、忘れていた。
手は幾度も、カウンターの側の今どき珍しいピンクの公衆電話に伸びかけては止まっていた。
自分のしてることが、間違っているのはわかっている。
透子を助けるためだなんて、言い訳だ。
自分は、あの三人を使って、復讐を果たそうとしているだけだ。
さあ、この手を伸ばして、受話器を掴むんだ。
忠尚の携帯にかけて、あいつを止めるか、龍造寺に電話して和尚を呼ぶか、或いは、公人さんに――。
最後の名前に、唇を噛み締める。
そのとき、遠慮がちに裏口を叩く音がした。
はっ、と天満は顔を上げる。
忠尚か?
慌てて駆け寄り、ドアを開けた。
だが、そこに立つ男の顔を見て、天満は凍りついた。
和尚だった。
いつもと違う白い衣と浅葱の袴が、とても清廉なものに見えた。
それは真っ直ぐに、天満の心を射る。
「なんだ……和尚か。どうした」
震える声でそう訊きながら、心臓は早鐘のように鳴っていた。
和尚の自分を見る目はいつもと変わりない。
まだ、こいつは何も知らない……。
安堵とも落胆ともつかない感情の中で、天満は和尚を見上げた。
和尚はそんな天満の思惑になど気づかずに、息を切らして天満に呼びかける。
「淵の様子がおかしいんだ!
俺は呪法を使いすぎて、よく見えない。
ジジイはもうあまり、そっちの力は使えないし。
できたら……あんた、一緒に来てくれないか。
頼むっ!」
天満は和尚が人に頭を下げるのを初めて見た。
あの薫子にもさんざ逆らっていた和尚が――。
それほどに淵は切迫しているのだろう。
頭を上げた和尚は真摯な眼で、天満を見つめる。
「あのときも迷惑をかけたのに、あんたに礼も言わなくて……悪かったと思ってる。
……思い、出したくなかったんだ」
和尚は俯き、唇を噛み締める。
「頼む! もう俺じゃ押さえ切れないんだ」
自分の肩を掴んだ和尚の手が、冷たかった。
力を使い切ったのだろう。
今の和尚には透子の身に何が起こっていても、わかりはしないだろう。
天満は急に和尚が哀れになってきた。
自分の犯した罪に和尚はずっと苦しんできた。
それも愛する透子に口づけた。
ただ、それだけで――。
しかも、当の透子は和尚を拒絶し続けている。
そうだ。和尚は、安穏と薫子に愛され続けていた公人とは違う。
そんな当たり前のこと……わかっていた筈なのに。
天満は爪が食い込むほど、その拳を握りしめた。
魔が差したなんて言葉で片付けられるようなことではないのはわかっていたのにっ。
自分は、あの目に当てられていたのかもしれない。
薫子と瓜二つの―― 決して意思を翻さない、惹かれて止まないあの瞳に。
「和尚っ、すまんっ!」
「……天満さん?」
不思議そうに和尚が自分の名を呼んだ。
0
お気に入りに追加
67
あなたにおすすめの小説
帝都の守護鬼は離縁前提の花嫁を求める
緋村燐
キャラ文芸
家の取り決めにより、五つのころから帝都を守護する鬼の花嫁となっていた櫻井琴子。
十六の年、しきたり通り一度も会ったことのない鬼との離縁の儀に臨む。
鬼の妖力を受けた櫻井の娘は強い異能持ちを産むと重宝されていたため、琴子も異能持ちの華族の家に嫁ぐ予定だったのだが……。
「幾星霜の年月……ずっと待っていた」
離縁するために初めて会った鬼・朱縁は琴子を望み、離縁しないと告げた。
(同級生+アイドル÷未成年)×オッサン≠いちゃらぶ
まみ夜
キャラ文芸
様々な分野の専門家、様々な年齢を集め、それぞれ一芸をもっている学生が講師も務めて教え合う教育特区の学園へ出向した五十歳オッサンが、十七歳現役アイドルと同級生に。
子役出身の女優、芸能事務所社長、元セクシー女優なども現れ、学園の日常はハーレム展開?
【ご注意ください】
※物語のキーワードとして、摂食障害が出てきます
※ヒロインの少女には、ストーカー気質があります
※主人公はいい年してるくせに、ぐちぐち悩みます
第二巻(ホラー風味)は現在、更新休止中です。
続きが気になる方は、お気に入り登録をされると再開が通知されて便利かと思います。
表紙イラストはAI作成です。
(セミロング女性アイドルが彼氏の腕を抱く 茶色ブレザー制服 アニメ)
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~
菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。
だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。
蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。
実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。
ご先祖さまの証文のせいで、ホテル王と結婚させられ、ドバイに行きました
菱沼あゆ
恋愛
ご先祖さまの残した証文のせいで、ホテル王 有坂桔平(ありさか きっぺい)と戸籍上だけの婚姻関係を結んでいる花木真珠(はなき まじゅ)。
一度だけ結婚式で会った桔平に、
「これもなにかの縁でしょう。
なにか困ったことがあったら言ってください」
と言ったのだが。
ついにそのときが来たようだった。
「妻が必要になった。
月末までにドバイに来てくれ」
そう言われ、迎えに来てくれた桔平と空港で待ち合わせた真珠だったが。
……私の夫はどの人ですかっ。
コンタクト忘れていった結婚式の日に、一度しか会っていないのでわかりません~っ。
よく知らない夫と結婚以来、初めての再会でいきなり旅に出ることになった真珠のドバイ旅行記。
ちょっぴりモルディブです。
九尾の狐に嫁入りします~妖狐様は取り換えられた花嫁を溺愛する~
束原ミヤコ
キャラ文芸
八十神薫子(やそがみかおるこ)は、帝都守護職についている鎮守の神と呼ばれる、神の血を引く家に巫女を捧げる八十神家にうまれた。
八十神家にうまれる女は、神癒(しんゆ)――鎮守の神の法力を回復させたり、増大させたりする力を持つ。
けれど薫子はうまれつきそれを持たず、八十神家では役立たずとして、使用人として家に置いて貰っていた。
ある日、鎮守の神の一人である玉藻家の当主、玉藻由良(たまもゆら)から、神癒の巫女を嫁に欲しいという手紙が八十神家に届く。
神癒の力を持つ薫子の妹、咲子は、玉藻由良はいつも仮面を被っており、その顔は仕事中に焼け爛れて無残な化け物のようになっていると、泣いて嫌がる。
薫子は父上に言いつけられて、玉藻の元へと嫁ぐことになる。
何の力も持たないのに、嘘をつくように言われて。
鎮守の神を騙すなど、神を謀るのと同じ。
とてもそんなことはできないと怯えながら玉藻の元へ嫁いだ薫子を、玉藻は「よくきた、俺の花嫁」といって、とても優しく扱ってくれて――。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる