冷たい舌

菱沼あゆ

文字の大きさ
上 下
49 / 80
予兆

祀りの前に――

しおりを挟む
 
 次の日の昼、公人は龍也を使って、境内で山車の仕上げをしていた。

 軒下に出た透子は、白いTシャツにジーンズという軽装で、額に汗して働く弟の姿を物珍しげに見遣る。

 暑さと面倒臭さに癇癪を起こしたように龍也が叫んだ。

「おい、ジジイっ!
 こんなの氏子さんたちが来てから一緒にやればいいだろ!」

「ちょっとくらいやっておいたほうが、ああ、青龍神社さん、やる気があるんじゃな、と思うじゃろうが。

 最初から、人に頼りきりなところを見せてはいかん」

 なに言っとんじゃ、こいつら。

 通りかかった透子に気づき、公人は長い棒のようなものを手に持ったまま言った。

「こりゃ、透子。
 ちょっと手伝え」

「やあよ。
 力仕事なんて足手まといになるだけだもの。

 私、それ一本、抱えられないんだから」

 真実だった。

 公人は舌打ちして言う。

「ほんに役に立たんのう、お前は。
 飾り付けくらいは出来るじゃろうが」

「じいちゃん、そこまで、まだいってねえって。
 ったく、毎年分解すんなよな」

「仕方ないじゃろう。
 置き場がないんじゃから」

 龍也は透子と一緒に作業したくないようだった。

 全く、困った弟だこと……。

 だが、なんのかんの言いながら、試験期間中なのに、結局、手伝っている辺りは可愛らしくもある。

「何処行くんじゃ、お前は」

 透子がよそ行きの卵色のワンピースを着ているのに気づいて公人が言った。

 透子は手に持っていた青いビニール素材の袋を肩に乗せて言う。

「CD返しに行くのよ。
 龍也、あんたももう聞かないでしょ?」

 龍也は肩に担いでいた木材を降ろして、それに縋る。

「それ、一週間レンタルだったろうが」

「だって、思いついたときに返さないと忘れちゃうんだもの」

 だいたい、レンタル返しに行くだけで、そんなにめかし込むのはお前くらいのもんだと、ぶつぶつ言っている。

「なんか借りて来たげようか? でも、返しに行くのは自分で行きなさいよ」

「いいよ、別にねえから。
 ったく、お前は、せっかちだな。

 この間、借りたばっかりじゃねえか。
 ぎりぎりまで借りときゃいいんだよ」

 その言葉に透子は笑った。

「……なんだよ」

「なんでもないよ。
 じゃあね」

 透子は二人に手を振って、カウンタックのある頑丈な車庫に向かう。

「おい、透子!」

 後ろから龍也の声がした。

「その辺行くのに、わざわざ出すなよ。
 俺の車貸してやるよ」

 おや、一応、気を使ってくれているらしい。

 微笑みながらも、透子はその申し出を断った。

 どうしても、カウンタックに乗りたかったのだ。

 明日からは祭りに掛かりきりになるし。

 縁日が立ったりして、あの車を出せるような状態じゃなくなるだろうから。




しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

龍神様に頼まれて龍使い見習い始めました

縁 遊
ファンタジー
毎日深夜まで仕事をしてクタクタになっていた俺はどうにか今の生活を変えたくて自宅近くの神社に立ち寄った。 それがまさかこんな事になるなんて思っていなかったんだ…。 え~と、龍神様にお願いされたら断れないよね? 異世界転生した主人公がいろいろありながらも成長していく話です。 ネタバレになるかもしれませんが、途中であれ?と思うお話がありますが後で理由がわかりますので最後まで読んで頂けると嬉しいです!

隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち

鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。 心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。 悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。 辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。 それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。 社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ! 食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて…… 神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

【完結】生贄娘と呪われ神の契約婚

乙原ゆん
キャラ文芸
生け贄として崖に身を投じた少女は、呪われし神の伴侶となる――。 二年前から不作が続く村のため、自ら志願し生け贄となった香世。 しかし、守り神の姿は言い伝えられているものとは違い、黒い子犬の姿だった。 生け贄など不要という子犬――白麗は、香世に、残念ながら今の自分に村を救う力はないと告げる。 それでも諦められない香世に、白麗は契約結婚を提案するが――。 これは、契約で神の妻となった香世が、亡き父に教わった薬草茶で夫となった神を救い、本当の意味で夫婦となる物語。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

処理中です...