40 / 80
予兆
あの夢のつづき……
しおりを挟む拝殿の横の離れに、薫子の部屋がある。
生前のまま変わらないその部屋にそっと足を踏み入れた透子は、拝殿側の壁に並ぶ和箪笥の前に立つ。
右側の箪笥の小引き出しを開け、奥から、白い布に包まれた細長いものを引きずり出す。
布には白い絹糸で龍の紋様が施してあった。
ごくり、と唾を飲み込み、布を縛る白い紐に手をかけようとしたとき――。
「透子」
びくりと、それを取り落とす。
慌てて拾い上げ、引き出しに突っ込んだ。
障子の向こうに、見慣れた背の高い影が見える。
「なに? 和尚」
ちょっと間があって、障子が開いた。
姿を見せた和尚は戸惑うような顔をしていた。
透子は笑う。
「なんで今ちょっと躊躇ったの?」
「いや……。
此処を開けると、婆が出てきて、また叱り飛ばされるような気がして」
「やっぱり? 私もそうなの」
笑うと、和尚も笑い返した。
ほっとした透子に、彼は笑ったまま言った。
「透子――
今、なに隠した」
言いながら、その手はもう透子の後ろ、小引き出しの取っ手を掴んでいた。
「だっ、駄目っ」
透子の細い手がそれを押さえようとしたが、鍵がかかっているわけでもない引き出しは、するりと開いてしまう。
積み重ねられた袱紗やハンカチの上に置かれたままだったそれを、和尚はすぐに見咎める。
「……八坂の剣?」
彼はそう言ったまま、それに触れようとはしなかった。
「そうか……。
此処にあったのか」
「あの後、天満さんが拾ってきて、お祖母ちゃんが清めて此処に」
と気まずげに透子は言う。
今では剣と呼ぶのもおかしいような、その懐剣を見つめていた和尚が、ふいに言った。
「もう――
いいんじゃないのか、透子」
「え?」
「お前はよくやった。
もう、後のことは俺に任せろ」
見上げた和尚の顔に、障子を通った柔らかな光がかかっている。
輪郭のぼやけたその顔が、遠いあの日を思い出させた。
鮮やかなグラデーションの空。
薄紫から桃色に変わる不思議な夕暮れ。
その色を映した淵は、今まで見たこともない色をしていて、さながら、現実に存在する空間ではないかのようだった。
だからだろうか――。
夢なら許されるとでも思ったのだろうか。
透子、と、和尚が呼んだ。
あの日と同じその呼び方に、透子は強い既視感を覚えた。
これも夢?
あのときの……夢のつづき―?
逃げることを忘れたように、ただ自分に近づく和尚の顔を見ていた。
0
お気に入りに追加
67
あなたにおすすめの小説
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
あやかし斎王 ~斎宮女御はお飾りの妃となって、おいしいものを食べて暮らしたい~
菱沼あゆ
ファンタジー
禊の最中、自分が女子高生だったことを思い出した斎王、鷹子。
平安時代とよく似たこの異世界で、斎宮女御として入内するが。
鷹子は、
「私にはまだ伊勢の神がついていらっしゃいますので、触らないでください」
と帝に向かい宣言する。
帝のことは他の妃に任せて、まったり暮らそうと思ったのだ。
久しぶりに戻った都で、おいしいものでも食べたいと思った鷹子だったが、この世界には、現代の記憶が蘇った鷹子が食べておいしいものなどひとつもなかった。
せめて甘いものっ、と甘味を作ろうとする鷹子だったが、なにものかに命を狙われて――。
ただただ、おいしいものを食べてまったり暮らしたい斎宮女御の、平安風異世界転生転移譚。
(「小説家になろう」でも公開しています。)
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~
菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。
だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。
蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。
実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる