冷たい舌

菱沼あゆ

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予兆

あの夢のつづき……

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 拝殿の横の離れに、薫子の部屋がある。

 生前のまま変わらないその部屋にそっと足を踏み入れた透子は、拝殿側の壁に並ぶ和箪笥の前に立つ。

 右側の箪笥の小引き出しを開け、奥から、白い布に包まれた細長いものを引きずり出す。

 布には白い絹糸で龍の紋様が施してあった。

 ごくり、と唾を飲み込み、布を縛る白い紐に手をかけようとしたとき――。

「透子」

 びくりと、それを取り落とす。
 慌てて拾い上げ、引き出しに突っ込んだ。

 障子の向こうに、見慣れた背の高い影が見える。

「なに? 和尚」

 ちょっと間があって、障子が開いた。
 姿を見せた和尚は戸惑うような顔をしていた。

 透子は笑う。

「なんで今ちょっと躊躇ためらったの?」

「いや……。
 此処を開けると、婆が出てきて、また叱り飛ばされるような気がして」

「やっぱり? 私もそうなの」

 笑うと、和尚も笑い返した。

 ほっとした透子に、彼は笑ったまま言った。

「透子――

 今、なに隠した」

 言いながら、その手はもう透子の後ろ、小引き出しの取っ手を掴んでいた。

「だっ、駄目っ」

 透子の細い手がそれを押さえようとしたが、鍵がかかっているわけでもない引き出しは、するりと開いてしまう。

 積み重ねられた袱紗やハンカチの上に置かれたままだったそれを、和尚はすぐに見咎める。

「……八坂のつるぎ?」

 彼はそう言ったまま、それに触れようとはしなかった。

「そうか……。
 此処にあったのか」

「あの後、天満さんが拾ってきて、お祖母ちゃんが清めて此処に」
と気まずげに透子は言う。

 今では剣と呼ぶのもおかしいような、その懐剣を見つめていた和尚が、ふいに言った。

「もう――
 いいんじゃないのか、透子」

「え?」

「お前はよくやった。
 もう、後のことは俺に任せろ」

 見上げた和尚の顔に、障子を通った柔らかな光がかかっている。

 輪郭のぼやけたその顔が、遠いあの日を思い出させた。

 鮮やかなグラデーションの空。

 薄紫から桃色に変わる不思議な夕暮れ。

 その色を映した淵は、今まで見たこともない色をしていて、さながら、現実に存在する空間ではないかのようだった。

 だからだろうか――。

 夢なら許されるとでも思ったのだろうか。

 透子、と、和尚が呼んだ。

 あの日と同じその呼び方に、透子は強い既視感を覚えた。

 これも夢?

 あのときの……夢のつづき―?

 逃げることを忘れたように、ただ自分に近づく和尚の顔を見ていた。




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