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捌 あやかしのあやかし

あなたの本業はなんですか……

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 夜でも明るい街を歩いて、壱花たちは、ちょっと離れたスーパーで穴あきお玉を買った。

「ちょっと寄るとこあるんですけど、いいですか?」
と壱花が言うと、冨樫は、わかっていたように、ああ、と言う。

 壱花はあのビル街のお稲荷さんを覗いた。

 狭く暗い境内に、屋台のような小さな駄菓子屋。

 提灯の灯りの中、そろばんを弾いていたオーナーのおばあさんは顔を上げないまま、壱花に訊く。

「店はどうした?」

「斑目さんと社長がやってます」

 そうかい、と言うおばあさんに、

「今日はどうもありがとうございました。
 助かりました」
と壱花が頭を下げると、冨樫も一緒に頭を下げた。

 あの、と身を乗り出し、壱花は訊く。

「すみません。
 今日、閉店時間を少し早めてもらえないでしょうか。

 あちらに早く戻りたいんです」

 スタッフが大浴場の点検をはじめる前に戻れれば、なにも問題ないはずだ、と思い、壱花はそう訊いてみた。

 がめついオーナーは聞いてはくれないだろうと思っていたのだが、そろばんを弾く手を止めたオーナーは顔を上げ、

「まあ、いいだろう」
と言う。

 えっ? と壱花と冨樫は身を乗り出した。

「あの臨時店長のおかげで、今日はことほかよく売れたからね」
「そうなんですか?」

「ああ、ビールが足らなくなって、途中で仕入れていたようだよ」

 すごいな、斑目さん……。

 生活に疲れたサラリーマンの人たちが、牡蠣の匂いにつられて、ビール買ったんだろうな……。

 出る前に見た、ビールを手にして、牡蠣が焼けるのを待つ人々の列を思い出す。

 自分たちがいない間も、斑目と生活に疲れた(?)斑目の部下は、せっせと牡蠣を焼いてくれていたようだった。



 店に戻った壱花はレジ横に貼られた仕入れのメモ書きを見た。

 そういえば、自分たちが書いたのではないメモが増えている。

 斑目はレジに貼っていた仕入先の番号に電話をかけて、ビールを運ばせたようだった。

 すごいな、さすが斑目さん。

「どうした、壱花」
と倫太郎に訊かれ、壱花はオーナーと話した内容を伝える。

 倫太郎は無事に女湯から脱出できるかも、ということよりも、斑目が自分より売り上げたことの方が気になったようだった。

「斑目さんに四号店を任せてもいいね、とオーナーはおっしゃってました」
と言いながら、壱花は思っていた。

 ……何故、突然、四号店。

 三号店は何処に……?

 だが、それを聞いた斑目は言う。

「いや、俺は仕事が忙しい。
 まあ、愛する壱花と店ができるのなら、やらないでもないが」

 すると、倫太郎がむっとしたように、

「ひとりでずいぶん売り上げたんだろ?
 だったら、お前ひとりでやれよ」
と言い出した。

「そうだな。
 俺はひとりでもやれるが。
 お前は壱花がいないと、なにもできない半人前のようだからな」

「なんだとっ?
 ちょっと臨時で店長やったくらいで偉そうにっ」

 いやあの、社長。
 斑目さんは我々のためにやってくださったんですが……。

「俺は子どもの頃から、この店やってんだぞっ」

 それで売上負けてちゃ駄目だと思いますね……。

「見てろよ、斑目っ。
 俺はここを日本一の駄菓子屋にしてみせるからなっ」

 そーかそーか、とどうでもよさそうに斑目は牡蠣を焼き、

「いやあの、店長を極めてどうするんですか。
 本業の方を極めてください……」
と冨樫が力なく言っていた。

 社長……。
 なんだかんだで、オーナーにいいように操られてますよね。

 そう思いながら、壱花は斑目が焼いてくれた牡蠣でまた呑みはじめる。

 いつ飛んでもいいように、穴あきお玉を膝に抱えて。




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