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捌 あやかしのあやかし

なにか、ふわっとしたものが

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「社長、なにを拾ってたんです?」

 廊下に出た壱花は倫太郎にそう訊いた。

「ゴミ箱の中にこれがあったんだ」
と倫太郎は、なんちゃって穴あきお玉を見せてくる。

「あまりの出来上がりのひどさに、効果がないと思って、そっと捨てたんですかね?」
と言う冨樫の言葉に、

「……お前。
 壱花のアイディアではあるが。

 あとで、俺がずいぶん手を加えてるんだからな」
と倫太郎が言っていた。

 冨樫は、すみませんと謝る。

 壱花は捨てられていた穴あきお玉を見ながら、ぼそりと言った。

「高尾さん、これのせいでついて来たんじゃないですかね?」

 え? と二人が振り向く。

「私たちがこれ作ってるとき、高尾さん、何故かハラハラした感じで見てたんですよ」

 ふうん……と呟いた倫太郎は、穴あきお玉をバラしてポケットにしまう。

「よし、とりあえず、あやかしと高尾を追おう」

 時間がないぞ、と急かされた。

「高尾の奴、スマホ持ってないから連絡つかないし」

「今は我々もお互い連絡つかないですよ。
 岸に近いときは、スマホも通じますが」

 冨樫の言葉には、そうだな、と頷いた倫太郎だったが、

「自分の位置を知らせる方法がないですよね。
 深夜ですから、笛も吹けませんしね」
と言った壱花の言葉には、そうだな、と頷いてはくれなかった。



 連絡はとりあえないが、時間がないので、みんなバラバラになってあやかしたちを探すことになった。

 途中で時間切れになって、それぞれの位置から駄菓子屋に戻ることになるかもしれないな、と壱花は思う。

 それにしても、連絡がとりあえないって、こんなに大変なんだ。

 携帯をみんなが持つようになる前は、いろいろ不便だったんだろうな、と思いながら、壱花は下に下りてみた。

 水をためて船を沈めたいのなら、下の方にいるかも、と思ったのだ。

 下に水のある場所、ない気もするけど、と思いながらも。



 壱花は乗船している車がずらりと並んでいる広い場所に出た。

 独特の匂いがするよな、船のこういうところって。

 鉄とガソリンの混ざったような匂いというか。

 ……おや?
 なんかバシャバシャ聞こえるな。

 見ると、車の陰にあの老婆がいた。

 穴の空いたお玉を手に、横にある青いバケツから水を汲み上げ撒いている……

 ようなのだが、穴が空いているので、ほとんど床に水は溜まってはいなかった。

「満足しているようだな」

 そんな声に振り向くと、少し遅れて倫太郎も来ていた。

 同じような考えで、下に下りて来たようだ。

 よく見ると、水の溜まっているバケツにはロープが巻き付いている。

「あれ、汲み上げた海水なんですかね?」

「高尾がやったのか、元からあったのか。

 まあ、どちらにせよ。

 あのお玉を持っているということは、高尾はこのあやかしに接触できたんだろうな」

 倫太郎は黙々と水をかき出している老婆の頭にひっついていた、巨大なたんぽぽの綿毛のようなケセランパサランをひょい、と取ると、

「よし、高尾と冨樫を探すか。
 急げ、壱花」
と言って、上に上がっていった。



 その頃、冨樫はまだ上を散策していた。

 何処からか、バシャバシャ水音がする。

 女湯からのようだ。

 ん? 結局、あやかし、ここに戻ったとか?
と思いながら、冨樫は入ろうとしたが。

 ひとりだと入りづらい。

 社長か、風花がいないだろうか?
と周囲を見回してみたが。

 もちろん、そんな都合よく来てはくれないうえに。

 壱花ならまだしも、倫太郎が来たところで、なんの役にも立たない。

 男二人で女湯に入ろうとしている変態、となるのが関の山だった。

 だが、ともかく時間がない。

 冨樫は周囲を見回し、女湯に急いで入ってみた。

 そのとき、奥の方からガラガラと戸を開け閉めする音が聞こえてきた。

 ふと気づけば、もう水音は止んでいて、しんとしている。

 おや? と思った冨樫は広く薄暗い脱衣場で足を止める。

 そのとき、気がついた。

 天井からなにかがぶら下がっていることに――。


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