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壱 江戸すごろく
そんな店は嫌なんだが……
しおりを挟む「だが、子どものころの自分なんて思い出したら、今の自分と比べて嫌にならないか?」
まあ、俺なんて、たいして自由のない子ども時代だったから、そう変わりはないが、と呟いたあとで倫太郎は言う。
「そういえば、駄菓子の思い出なんて、その塾帰りに見たこの駄菓子屋くらいしかないな」
「きっと疲れたサラリーマンくらい疲れてたから、ここに迷い込んでしまったんですね」
と壱花は苦笑いしながら、同情気味に言った。
そんな話をしているうちに、客が来た。
普通の親子連れだ。
優しそうなパパとママ。
それに二人の子どもたち。
店内を楽しく見て周り、レジに来る。
普通に買って出て行った。
「なんだ、疲れたサラリーマン以外のお客さんも来るんじゃないですか」
そう壱花は、ホッとして笑った。
だが、倫太郎はやけに熱心に今の家族が払っていったお金を見ていた。
「どうしたんですか?」
「いや、奴らが払う金は葉っぱなときがあるからな。
これはどこかに供えられてた金かな」
ちょっと泥がついている、と言ったあとで、
「あれは狸の親子だ」
と教えてくれた。
「ええっ? 全然、普通でしたよっ」
「そうだな。
俺は人間の百貨店でもあの親子に会ったことがあるが、狸なんだ。
俺はもうこれなしでも見えるが、ほら」
と倫太郎は立ち上がり、壱花の後ろに回ると、あのキツネのお面をつけてくれた。
倫太郎のものらしき香りがして、どきりとする。
秘書だが、普段、こんなに近くまで彼が来ることはないからだ。
「まあ、いいから見てみろ」
と言って、倫太郎に手をつかまれた。
今度は、どきりとする間もなく、外に連れて出られる。
さっきの親子の後ろ姿が見えたが、そういえば、彼らの周囲が少しかすんでいるように見える。
「なにか輪郭がにじんで見えます」
「それをかけて何度か見てると、ハッキリ見えるようになるさ。
あれは狸だ。
実はそこここに人間でないものはいるんだ」
と言ったあとで、
「ま、うちの浪岡常務もある意味、狸だが……」
といつもやり込められている常務の名を出してくるので、笑ってしまった。
それから、なんとなく二人で並んで店番をしていた。
「お前が来たら、ちょっと現実の景色が濃くなった気がするな」
と倫太郎が入り口の厚いガラス戸越しに外を見ながら言う。
「もしかしたら、ここにいる人間の比率が高くなると、店が人の世界に近くなるのかもしれないな」
そう言ったあとで、倫太郎は夜道を見ながら、ぼんやりと呟く。
「俺はあの日、迷い込んでから。
ずっとこの店になにかを囚われたままで、未だに家に帰れてない気がするんだよ」
もちろん、実際には帰っているのだろうが。
ここに囚われて離れられないなにかがあると言うのだろう。
しかし、小学生で、ここに迷い込むとかどんだけ疲れてたんだと思うが。
まあ、若くして社長を任されるような一族だ。
家でも大変なんだろうというのは、庶民の壱花にも想像できた。
「そうですねー。
じゃあ、迷い込む人の数を増やしてみたらどうですかね?」
ビール置いたらいいですよ、と壱花は笑う。
「駄菓子にビールがあったら、リピーターになります、わたしなら。
友だちにも宣伝しちゃいますよ。
疲れたサラリーマンが疲れたサラリーマンを呼んで、人間の比率が高くなったら、この店、人の世界に傾きませんかね?
そしたら、社長もここから抜けられたりして」
と言ってみたのだが、
「……嫌だな、疲れたサラリーマンで満杯の店」
いやいや、贅沢言わないでくださいよ、と思いながら、並んで店番をつづける。
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