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ささやかなる結婚
結婚する実感がないです
しおりを挟む「結婚することになりました。
でも、なにも実感がないです」
と万千湖は日記に書いた。
ある日の夜、招待状の見本を見た駿佑の母から電話がかかってきた。
「この招待状、名前、間違ってるわよっ。
万千湖になってるじゃない、マチカさんっ」
「……お義母さん、万千湖です」
結婚が決まっても、今までとなにも変わらない、と思ってたけど。
そういえば、美雪さんを時折、お義母さんと呼ぶようになったな、と万千湖は気づく。
美雪は、
「あら、美雪でいいわよ」
と言うのだが。
ついでに、
「孫にも美雪さんって呼ばせてよね」
とまだ生まれてもいない孫の話をされたりして。
親たちの頭の中は、結婚の遥か先まで突っ走っているようなのだが、我々はそうでもないな、と万千湖は思っていた。
プロポーズより、結婚より先に家が建ってしまったように。
なにもかもが常に逆、というか。
プロポーズされたのに。
まったく付き合っている感じがしない。
万千湖と駿佑は、日々、恋人同士というには、なにかが違う日々を送っていた。
「それはもうちょっと薄く切れ。
味がしみにくいだろ」
今は料理学校の先生と生徒。
「大きな道に出る前は、よく左右を確認して。
ウィンカーは出したか」
今は自動車学校の先生と生徒。
いや、先生と生徒じゃないか。
車に乗る前に、
「俺の命は、お前に預けた。
お前と一緒なら、どうなってもいい」
とか真剣に言っていたから。
「……待ってください。
我々、すぐそこの狸のコンビニに行くだけですよね?」
昼休み、その話を雁夜たちにすると、
「先生と生徒か。
禁断の関係だねっ。
ちょっと燃えるねっ。
ところで、ほんとに再結成しないの? 『太陽と海』」
と言って、笑っていた。
雁夜のそんな話を聞きながら、駿佑はちょっと悩んでいた。
今の婚約指輪は、自分で買ったとはいえ、親に押されて買ったようなもの。
俺は俺自身の意思で、こいつに指輪を買ってやりたい。
これとはちょっと違う。
年をとっても使える落ち着いたデザインで。
なおかつ、今の白雪にも似合うやつとか。
駿佑は、万千湖の薬指の指輪を見つめた。
指輪を見つめた……。
指輪を見つめた……。
万千湖が、ひいっ、切り落とされるっ、という顔でおのれの左手を押さえる。
「どうしたの、駿佑。
指輪、ガン見しちゃって」
と雁夜が訊いてくる。
「いや、この指輪は親に脅迫されて買ったから。
違う指輪を買ってやろうかと」
「あら、もう一個買ってもらえるんだって。
よかったじゃない、万千湖」
と瑠美は言ったが、綿貫は、
「でも、結婚指輪ももう買ったんだよね?」
と言う。
万千湖たちは想像してみた。
薬指に結婚指輪をはめ、人差し指に婚約指輪をはめ、中指に、あらたに買ってもらった立派な指輪をはめた万千湖を。
「……アラブの王様みたいですね」
と万千湖が呟き、同じような妄想をしているらしい瑠美が、
「待って。
全部左手にはめなきゃいいんじゃないの?」
と呟いた。
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