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ささやかなる同居
雑誌の一ページのような部屋で目覚める朝
しおりを挟む雑誌の一ページのような部屋で目覚めた朝。
爽やかに一杯の紅茶でも飲んで、と万千湖は思ったが、すぐにスマホの呼び出し音が激しく鳴る。
「あんた、今、何処っ?
早く来なさいよっ。
みんなもうマンションの下にいるのよっ」
万千湖の母、浅海だった。
ええっ? と時計を見ようとしたが、この部屋に時計はなかった。
「もう八時よっ」
引っ越しは九時からですよ、お母さんっ、と思ったが、どのみち寝過ごしたことには違いない。
ここから街まで四十分くらいかかるからだ。
そうだ、課長は? と着替えて共有スペースに行くと、駿佑も慌てて出てくるところだった。
「すまん、寝過ごしたっ。
マチカッ、早くしろっ」
はいっ、と言いながら、ふたつ不思議に思うことがあった。
まず、『課長が寝過ごすことなんてあるんですね』で。
次が、『何故、マチカなのですか?』だ。
駿佑は珍しく寝過ごしたことに動揺して、自分がなにを言ったのか気づいていないようだったが。
実は、その謎は、駿佑のスマホ履歴を見れば、すぐに解けるものだった。
昨日の夜、駿佑は、もしや、俺は白雪を好きなのだろうか? と動揺してしまったせいで眠れなくなり、ずっと『太陽と海』の動画を見ていたのだ。
駿佑は先に万千湖を送ってくれたが、駿佑の母も万千湖の母と似たような性格なので、駿佑のマンションにも早くから親兄弟が集結しており、こっぴどく叱られたようだった。
「まあ、新居で初めて二人で過ごす夜だから、寝過ごしても仕方ないかもしれないけど。
みんなを待たせてるんだからね」
作業を終えたあと、双方の家族や親族と共有リビングでコンビニ弁当を食べながら美雪が駿佑を叱る。
駿佑は、いやいや、勝手に一時間早く来たんだろ、という顔をしていたが……。
浅海が、
「万千湖、今日は引っ越しだから仕方ないけど。
今度みんなで集まるときは、ちゃんとしたもの作りなさいよ。
……あんたの作れるちゃんとしたものって、なにかしらね」
と言い出し。
あら、私がなにか作ってきますよ、いえいえ、私が、と美雪と浅海が話し出したので。
困った火の粉が飛んでこないよう、『得意料理は冷凍食品』な万千湖は庭に逃げた。
庭には、引っ越しを手伝ってくれた従兄の純と、彼の年の離れた弟がいた。
小学生の比呂だ。
高学年だが、まだまだ幼い彼は、意味もなく広い庭を駆け回っている。
庭……。
いや、まだ、庭というより、グラウンドみたいな感じで、一面の土でしかないのだが。
純が大きく伸びをして、道路の向こうの山を見上げ、
「いいところだなあ。
なんにもなくて。
空気も綺麗だし」
と言う。
「そうだねー。
ちょっと不便ではあるけど。
あっ、でも、実は西に向かって走ってると、何故かいきなり、山の中にコンビニがあるんだよ。
狸がやってんのかと思ってビックリした」
と万千湖は笑う。
「あるな、たまに山の中にいきなりコンビニ。
でも、そういうとこって、高速の近くだったり、街と街とをつなぐ道だったりして、意外と交通量多いんだよな」
そう言ったあとで、純は家を振り返り、しみじみと言う。
「いい家だな」
「うん、そうだね。
ありがとう。
なんか怒涛のうちに建っちゃって、実感ないんだけど」
と万千湖が苦笑いすると、純がこちらを見て言う。
「お前は毎度、ビックリなやつだよ。
いきなり、ご当地アイドルになったり。
いやまあ、なったときは、そんなに驚かなかったんだがな。
所詮、商店街のアイドルだったし。
でも、全国的に人気になったり。
そうかと思えば、いきなり普通のOLになったり。
充分驚いてるところに、今度はすごい家を当てて、すごい旦那を連れてきた」
「いや、課長は別に旦那じゃないし。
一緒に家を買ったその……
シェアハウスの人みたいな人って言うか。
……連帯保証人みたいな人って言うか」
万千湖は照れて、駿佑が、誰が、連帯保証人だっ、と激怒しそうなことを言ってしまう。
だが、純は笑い、万千湖の左手を取った。
「何処の連帯保証人がこんな指輪買ってくれるんだよ。
っていうか、お前が指輪はめてんの、見たことねえぞ。
いつも指輪なんて邪魔なだけだって言ってたじゃないか。
あの課長さんが贈ってくれた指輪だから、素直につけてんだろ?」
いや……そういうわけでは……
……まあ、あるんですかね? と赤くなったとき、純が笑って言った。
「少なくとも、あの課長はお前のこと好きだろ」
「えっ?
そんなはずないよっ」
課長が私なんかを好きになるとかない、と思ったとき、純が家の方を見て言う。
「いや、間違いない。
……今、俺を射殺しそうな目で見てるから」
リビングの大きな窓ガラスから腕組みした駿佑がこちらを見ていた。
「万千湖。
俺、彼女いるって、あの人に言っといて。
じゃないと、生きてこの村を出られそうにないから……」
いや、ここ一応、村じゃないんだけど、と思いながら、万千湖は苦笑いして、わかった、と頷いた。
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