102 / 125
ささやかなる見学会
男性は婚約指輪をはめないので……
しおりを挟む課長に、なにをプレゼントしたら、お喜びいただけるかな、と思いながら、万千湖は廊下を歩いていた。
こんな立派なものをいただいてしまって、私の歌ごときでお礼は終わりというわけにもいかないだろうし。
そう思う万千湖の頭に浮かんだのは、
『そういえば、男は婚約指輪はめないわよね。
何故かしら。
逃げられたら困るじゃない』
という瑠美の言葉と、
『これでせめて、指輪でも買いなさい。
マチカさんが他の人にとられないように。
婚約指輪でも、結婚指輪でもいいから』
という駿佑の母の言葉だった。
あのときも思ったけど、指輪っていうより、首輪的な感じだな。
課長は指輪はつけそうにないけど。
首輪ならどうだろう、と妄想してみる。
我々が衣装のときにつけていたチョーカーみたいなのとか?
頭の中で、駿佑がスーツのまま、金の蝶の飾りのついた黒いチョーカーをつけていた。
……似合わない。
じゃあ、ワイルドにスタッズのついた首輪とか。
万千湖は駿佑に銀のトゲトゲのついた黒い首輪というか、チョーカーをつけてみた。
スーツにネクタイに、トゲトゲ……。
うーん。
服を変えてみるか。
Vネックの白いニットに黒いパンツにスタッズチョーカー。
……これだと髪型が真面目すぎるな。
メガネも似合わないかも。
駿佑の髪を突き立て、メガネを外し、黒いブーツを履かせ、革ジャンも着せてみた。
……誰? この人。
万千湖が妄想の中の駿佑に戸惑っていると、前から雁夜がやってきた。
「お疲れ様、マチ……白雪さん」
と穏やかに微笑む。
「あ、お疲れ様です」
雁夜は、瑠美たちに言われてつけた指輪に目をつけた。
「あれっ? それ……婚約指輪とか?」
「いえいえ、そういうのではないです。
よくわかりませんが。
課長のお母様からのご要望で、課長が買ってくださったんですよ。
それで、お礼になにか、と思ったんですけど。
課長は首輪、つけないでしょうしね」
悩みながら、万千湖はそう言った。
その少し前、廊下を歩いていた雁夜は万千湖が向こうからやってくるのに気がついた。
本当は角を曲がろうと思っていたのだが、直進してみる。
「お疲れ様、マチ……白雪さん」
そう挨拶しながら、万千湖の薬指にはまっている指輪を見ていた。
あーあ、いよいよなのかな、と思う。
まあ、他の人にとられるくらいなら、駿佑の方がいいし。
よく考えたら、好きだったアイドルが友だちの奥さんとかすごいじゃないか。
これからもみんなで一緒にカラオケに行ったりできそうだし、と雁夜は前向きに考えようとした。
だが、万千湖に、それは婚約指輪なのかと確認してみても、不思議な返事しか返ってこない。
「課長は首輪、つけないでしょうしね」
聞き違いかな? と雁夜は思った。
だが、万千湖は小首を傾げてまた言う。
「課長には、どんな首輪が似合うでしょうかね?」
聞き違いかな? と雁夜は、もう一度思った。
だが、その瞬間、雁夜の頭の中で、駿佑の首にトゲトゲのついた猟犬がつけている首輪がはまった。
形は、万千湖が思っているスタッズチョーカーとほぼ変わりない。
二人はそれぞれの妄想に浸り、沈黙する。
「……そういえば、なんで、首にトゲトゲつけるんでしょうね?」
「首を狙われないためらしいよ」
そう答えた雁夜は猟犬用の首輪を想像していたので、首を狙ってきているのは狼だった。
「なるほど、首を狙われないために……」
万千湖は、スタッズチョーカーでイケメンバンドマンみたいになっている駿佑を想像していたので、駿佑を襲おうとしているのは美貌の女吸血鬼だった。
でも、吸血鬼、その辺にいないよな、と思った万千湖は、
「この辺りで襲われることないですよね」
と言い、狼に襲われることを想像していた雁夜も、
「そうだよね。
ないよね」
と答える。
「やっぱり、首輪はやめときます」
「その方がいいかもね」
突っ込んでくれる駿佑も瑠美もいなかったので。
ぼんやりした二人は、ぼんやりしたまま会話をしていたが。
最後は上手い具合に着地し、駿佑は首輪をはめられずに済んだ。
4
お気に入りに追加
115
あなたにおすすめの小説
あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~
菱沼あゆ
キャラ文芸
令和のはじめ。
めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。
同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。
酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。
休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。
職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。
おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。
庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
不眠症の上司と―― 千夜一夜の物語
菱沼あゆ
ライト文芸
「俺が寝るまで話し続けろ。
先に寝たら、どうなるのかわかってるんだろうな」
複雑な家庭環境で育った那智は、ある日、ひょんなことから、不眠症の上司、辰巳遥人を毎晩、膝枕して寝かしつけることになる。
職場では鬼のように恐ろしいうえに婚約者もいる遥人に膝枕なんて、恐怖でしかない、と怯える那智だったが。
やがて、遥人の不眠症の原因に気づき――。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる