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ささやかなる見学会

男性は婚約指輪をはめないので……

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 課長に、なにをプレゼントしたら、お喜びいただけるかな、と思いながら、万千湖は廊下を歩いていた。

 こんな立派なものをいただいてしまって、私の歌ごときでお礼は終わりというわけにもいかないだろうし。

 そう思う万千湖の頭に浮かんだのは、

『そういえば、男は婚約指輪はめないわよね。
 何故かしら。

 逃げられたら困るじゃない』
という瑠美の言葉と、

『これでせめて、指輪でも買いなさい。
 マチカさんが他の人にとられないように。

 婚約指輪でも、結婚指輪でもいいから』
という駿佑の母の言葉だった。

 あのときも思ったけど、指輪っていうより、首輪的な感じだな。

 課長は指輪はつけそうにないけど。

 首輪ならどうだろう、と妄想してみる。

 我々が衣装のときにつけていたチョーカーみたいなのとか?

 頭の中で、駿佑がスーツのまま、金の蝶の飾りのついた黒いチョーカーをつけていた。

 ……似合わない。

 じゃあ、ワイルドにスタッズのついた首輪とか。

 万千湖は駿佑に銀のトゲトゲのついた黒い首輪というか、チョーカーをつけてみた。

 スーツにネクタイに、トゲトゲ……。

 うーん。
 服を変えてみるか。

 Vネックの白いニットに黒いパンツにスタッズチョーカー。

 ……これだと髪型が真面目すぎるな。

 メガネも似合わないかも。

 駿佑の髪を突き立て、メガネを外し、黒いブーツを履かせ、革ジャンも着せてみた。

 ……誰? この人。

 万千湖が妄想の中の駿佑に戸惑っていると、前から雁夜がやってきた。

「お疲れ様、マチ……白雪さん」
と穏やかに微笑む。

「あ、お疲れ様です」

 雁夜は、瑠美たちに言われてつけた指輪に目をつけた。

「あれっ? それ……婚約指輪とか?」

「いえいえ、そういうのではないです。

 よくわかりませんが。
 課長のお母様からのご要望で、課長が買ってくださったんですよ。

 それで、お礼になにか、と思ったんですけど。

 課長は首輪、つけないでしょうしね」

 悩みながら、万千湖はそう言った。
 


 その少し前、廊下を歩いていた雁夜は万千湖が向こうからやってくるのに気がついた。

 本当は角を曲がろうと思っていたのだが、直進してみる。

「お疲れ様、マチ……白雪さん」

 そう挨拶しながら、万千湖の薬指にはまっている指輪を見ていた。

 あーあ、いよいよなのかな、と思う。

 まあ、他の人にとられるくらいなら、駿佑の方がいいし。

 よく考えたら、好きだったアイドルが友だちの奥さんとかすごいじゃないか。

 これからもみんなで一緒にカラオケに行ったりできそうだし、と雁夜は前向きに考えようとした。

 だが、万千湖に、それは婚約指輪なのかと確認してみても、不思議な返事しか返ってこない。

「課長は首輪、つけないでしょうしね」

 聞き違いかな? と雁夜は思った。

 だが、万千湖は小首を傾げてまた言う。

「課長には、どんな首輪が似合うでしょうかね?」

 聞き違いかな? と雁夜は、もう一度思った。

 だが、その瞬間、雁夜の頭の中で、駿佑の首にトゲトゲのついた猟犬がつけている首輪がはまった。

 形は、万千湖が思っているスタッズチョーカーとほぼ変わりない。

 二人はそれぞれの妄想に浸り、沈黙する。

「……そういえば、なんで、首にトゲトゲつけるんでしょうね?」

「首を狙われないためらしいよ」

 そう答えた雁夜は猟犬用の首輪を想像していたので、首を狙ってきているのは狼だった。

「なるほど、首を狙われないために……」

 万千湖は、スタッズチョーカーでイケメンバンドマンみたいになっている駿佑を想像していたので、駿佑を襲おうとしているのは美貌の女吸血鬼だった。

 でも、吸血鬼、その辺にいないよな、と思った万千湖は、

「この辺りで襲われることないですよね」
と言い、狼に襲われることを想像していた雁夜も、

「そうだよね。
 ないよね」
と答える。

「やっぱり、首輪はやめときます」
「その方がいいかもね」

 突っ込んでくれる駿佑も瑠美もいなかったので。

 ぼんやりした二人は、ぼんやりしたまま会話をしていたが。

 最後は上手い具合に着地し、駿佑は首輪をはめられずに済んだ。


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