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ささやかなる見学会
指輪のお礼になにをお返ししたらいいのでしょう
しおりを挟む……困ったな、と万千湖は思っていた。
課長に指輪を買ってもらう理由もないんだが。
何故、こんなことに……。
仕事が終わって駿佑と待ち合わせた万千湖は、前からちょっと可愛いなと思っていたブランドの店に行った。
「あ、じゃあ、これで」
万千湖はなんの石もついていない可愛い細工の指輪を指差したが、
「もっと高いのにしろ、俺が怒られる」
と駿佑は言う。
「あ、じゃあ、これで」
万千湖は今度は小さな石のついた、シンプルな指輪を指さした。
「もっと高いのにしろ、綿貫が現れる」
えっ? 綿貫さんが何処からっ?
と万千湖が店内を見回している間に、駿佑はさらに高い指輪がある方に行ってしまう。
駿佑は、その程度の指輪だと俺の本気度を疑われて、綿貫辺りがちょっかいかけてきそうだと思っていたのだが。
そんな駿佑の不安は、もちろん、万千湖には伝わっていなかった。
「で、では、これでは……」
万千湖は思い切って、その中からハート型が王冠のようにも見える可愛い指輪を選んでみた。
さっき見ていた辺りにあった指輪とは、ダイヤの輝き方が違う。
充分な値段だと思うのだが、駿佑は少し考えたあとで、
「……いや、これだと雁夜が現れるかもしれん」
と言い出した。
だから、雁夜課長が何処からっ!? と万千湖は周囲を見回したが、やはり、他に客はいなかった。
駿佑は奥に飾ってある指輪を指差し、
「それ、見せてください」
と女性店員に言う。
万千湖はガラスケースの中でスポットライトを浴びているその指輪の値段を見た。
「いやそれっ、ちょっとした家が買えますからっ。
それつけて、海外とか歩いてたら、指ごと持ってかれますからっ」
なにかの呪いもかかっているかもしれませんっ、とその高価なダイヤの指輪を呪いのホープダイヤかなにかのように言い、駿佑をなだめ。
さっきの可愛いハートが王冠に見える指輪を買ってもらった。
帰りの車で万千湖はドキドキしていた。
ど、どうしたらいいんだ、この指輪。
こんなものもらってしまって、どうしたら。
課長になにをお返ししたらっ?
そうだっ、と思った万千湖は訊いてみた。
「あのっ、お返しに私も課長に指輪を買って差し上げたいんですがっ」
「……俺がつけるわけないだろう」
……そういえば、そうですね。
つい、同じような物を返したいと思ってしまったが。
普通の会社員の男性がつける指輪と言えば、結婚指輪くらいだ。
普通にファッションとして指輪つけてる男の人というと、金の指輪を全部の指にはめてそうなアラブの王様とか。
ドクロの指輪をはめてそうなバンドの人とか。
そのくらいかな。
……いや、勝手な私のイメージなんだが、と思いながら、万千湖は訊いてみた。
「では、時計とか」
「お前、今、そんな金あるのか?」
うっ、と万千湖はつまった。
確かにない。
しかも、課長に借金してる身っ。
高い時計を買うより、先にお金を返すべきだ。
じゃあ、どうしたら? と万千湖はまた悩む。
そうだ、労働で返そうっ。
万千湖は妄想の中、駿佑に奴隷のようにご奉仕していた。
具体的に言うと、ピラミッドを作っていた。
いや、実際にエジプトでピラミッドを作っていたのは、奴隷ではないらしいのだが。
とりあえず、なにしていいのかわからないので、ピラミッドを作ってみた。
……でもまあ、庭先にピラミッド作られても課長も迷惑だよな。
万千湖は、想像の中で、あのモデルハウスの共有スペースをモップで磨いてみた。
だが、よく考えたら、共有スペースなので、その労働は自分のためでもある。
悩んだ末に万千湖は駿佑に訊いてみた。
「あのー、指輪のお礼になにかしたいんですが。
なにか私にできることないですか?」
「ない」
……ですよね。
今、間髪入れずに言いましたね。
まあ、私なんぞに、課長にご奉仕して喜んでもらえるようなこと、できるはずもなかったですよね、と万千湖がしゅんとしたとき、駿佑が、
「いや、ある!」
と言い出した。
「えっ?」
「指輪の礼に、なにかしないと落ち着かないんだろう。
ちょっと寒いがいいか?」
あそこなら、今、誰もいないだろうから――。
そう駿佑は言った。
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