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ささやかなる見学会
内装工事がはじまりました
しおりを挟む内装工事が始まり、万千湖たちは差し入れを持って覗いては、どきどきしていた。
まだ工事中の中を見せてもらい、
「信じられませんっ。
こんな家に住めるなんてっ」
と喜んだり、近所の人と話したり。
鈴加と洋平はあのとき楽しく話していただけで、特に進展しなかったり。
瑠美が、
「じゃあやっぱり、あのお巡りさん紹介してよ」
と言い出したり。
第一日曜だから、と一月二日に寒風吹きすさぶ山のカフェに瑠美に連れていかれ。
もちろん開いてなかったので、
「しょうがないわね。
初詣にでも行く?」
とか言われたりしているうちに、正月も過ぎた。
ある日の仕事帰り。
たまにはご飯でも食べに来たら? と言われ、万千湖は駿佑の実家にお呼ばれしていた。
食後の珈琲をいただいたあと、美雪が、
「そろそろ家が建つわね」
と言ってくる。
「家具は最初から揃ってるんでしょうから、あんまり考えなくていいわよね」
「そうだな。
だいたいそろってる」
と駿佑は頷いた。
「……白雪が時折、不思議なものを欲しがるけどな」
「なに不思議ものって?」
と訊く美雪に駿佑が言う。
「ラーメン屋の冷水機」
そんな親子の会話を聞きながら、
いや、ラーメン屋さんに行くたび、あれ、いいなって思うんですよね、と万千湖は思っていた。
熱々のラーメンを食べたあと飲むラーメン屋さんのキンキンに冷えた水、たまらないですよ、と思っていると、美雪が万千湖を見て言った。
「あれはいいわよね」
あれはいいですよね、と万千湖は美雪と目を合わせて頷く。
駿佑が、俺にはわからん、と言う顔をしていた。
「ところで、あんたたち、籍は入れないの?」
今、ラーメン屋の冷水機の話してましたよね、美雪さん……。
万千湖は駿佑の母のことをなんて呼んだらいいのか迷って、結局、美雪さんと呼ぶようになっていた。
「子どもができたらどうするの」
いや、どうやってできるんですか……。
万千湖の頭の中では、新居の玄関に七福神様が置かれ。
大黒天が打ち出の小槌を振ると、リビングに子どもが現れていた。
この子は何処の子ですか……。
ソファに並べられたカチョウとシラユキと遊ぶ幼い男の子を思い浮かべながら万千湖は思う。
「大丈夫よ。
籍入れたくらいで、刺されやしないわよ」
いやあの、誰が誰に刺されるんですか……と思う万千湖は、美雪が、ファンに恨まれてはいけないので、籍を入れないのだと思っていることを知らなかった。
「……お母さん」
と駿佑が神妙な顔で美雪に呼びかける。
「何度も言うようだけど。
俺と白雪は一緒にモデルハウスが当選しただけの他人だから」
他人なんですかっ!? と万千湖が驚愕したとき、
「ああいや……」
とさすがの駿佑も、それは違うな、と気づいたようで訂正した。
「白雪はお見合いで紹介された……
その、……呑み仲間だから」
あの、我々の関係を表す言葉としては、ものすごく的確だし、間違ってないと思うんですけど。
普通、お見合いで呑み仲間紹介されませんよね……? と万千湖が思ったとき、
「駿佑」
と美雪が息子を見据え呼びかけた。
「自分でわかってないだけよ。
あなたはマチカさんを好きなはずよ」
美雪さん、万千湖です……。
「だって、あんたの口から、女の人の名前を聞いたの、マチカさんが初めてだもの」
課長、どんな人生送ってきたんですかっ。
そんなイケメンでエリートなのにっ、と万千湖は驚く。
「それに、あんたがマチカさんの話をするとき、いつも無表情なあんたにしては笑っているわ!」
その『笑っている』は、私が好きで笑っている、とかではないのでは……?
小馬鹿にして笑っている。
呆れて笑っている。
蔑んで笑っている、のどれかだと思います、と万千湖が思う。
「本当にごめんなさいね。
ハッキリしない子で」
と美雪が万千湖に謝ってきた。
「マチカさんたみたいな素敵で楽しい愉快な人が駿佑を選んでくれたのに」
課長を選んできたのは、私じゃなくて、人事の部長です。
そして、素敵より、楽しいと愉快なの方に重きが置かれている気がするのは気のせいでしょうか……。
「駿佑っ。
このままじゃ、あんた、マチカさんが他の人と結婚しちゃって。
その子どもや孫をあの共同リビングで見る羽目になるわよっ」
美雪さんっ、それたぶん逆ですっ!
と万千湖が思ったとき、美雪はテーブルにポンと茶封筒を出してきた。
「これでせめて、指輪でも買いなさい。
マチカさんが他の人にとられないように。
婚約指輪でも、結婚指輪でもいいから」
なにかこう……指輪というより、首輪的な感じですね、と思いながら、駿佑と二人、顔を見合わせて困る。
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