91 / 125
ささやかなる見学会
ご近所さんにご挨拶まわりです
しおりを挟む「よかった。
家あるんですね」
しばらく走ったところに数件の家があった。
「まあ、この辺りくらいしかないみたいなんですけどね」
と言う業者の人と一緒に、まず、地区の会長さんのところに挨拶に行き、
「お若いのに、こんなところに住んでくださるなんて」
と感謝される。
「大根あげよう」
とたくさんの大根をいただいて、業者の人と分けた。
だいたい、この辺まで回ったらいいというのを教えてもらって、次々挨拶して回る。
何処も感じのいいお年寄りや年配の人で、
「まあよくこんな田舎に……。
大根あげよう」
と感心されながら、大根をもらう。
……大根、今、あまっているのだろうか。
「……大歓迎されて、かえって不安になってきましたよ。
大丈夫なのでしょうか、我々、こんな田舎に移り住んで」
大根をたくさん抱えて、車に向かいながら、万千湖はそう呟いた。
「車でちょっと走ったら街ですが。
年取ったら、運転もできないですよね。
……もし、倒れたりしたら。
ああ、課長のお孫さんが運んでくださったりしますかね?」
とこの間の妄想のまま、万千湖は語って、業者の人に、
あなたのお孫さんと、この人のお孫さんは違うのですかっ!?
という顔をされてしまった。
「この家で最後ですね」
集落の端にある赤いお屋根の洋風なおうちの庭はとても広く。
ちっちゃい子が遊ぶような木の遊具がたくさん置かれていた。
「いいですね、こういうの」
と万千湖は微笑む。
庭でキャンプもできそうだし。
土地が広いっていいな、と改めて思った。
そのとき、スクーターがやってくる音がした。
グリーンメタリックのカマキリみたいな顔つきのスクーターだった。
庭先にそれをつけると、クーラーバッグを抱えた若い男が降りてくる。
彼は、玄関に行こうとしていた万千湖たちにぺこりと頭を下げたあとで、ドアを開け、
「じいちゃん、外、お客さんいるよ~」
と家の人に声をかけてくれた。
「魚、ぼちぼち釣れ……」
そう言いかけた彼は、ハッとなにかに気づいたように、こちらに戻ってくる。
深く被っていた黒いヘルメットを跳ね上げ、万千湖たちの顔を見た。
「やっぱり! あのときの埠頭のっ」
バイクの青年は埠頭で会ったあの新米警察官、田中洋平だった。
「お巡りさんじゃないですかっ」
と叫んだ万千湖に、洋平は笑って、手を打つ。
「いや、そうですよねっ?
あのとき心中した人たちですよねっ!?」
いや、心中してたら、今、ここにはいません……。
気づいたようで、洋平は言い直した。
「あっ、すみませんっ。
縄で手首を縛り合ってた人たちですよねっ?」
……お巡りさん、私たち、ここ住めなくなるんで。
万千湖は思っていた。
今、出てきたおじいさんとおばあさんに、聞かれていないといいな、と。
4
お気に入りに追加
115
あなたにおすすめの小説
あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~
菱沼あゆ
キャラ文芸
令和のはじめ。
めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。
同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。
酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。
休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。
職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。
おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。
庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
不眠症の上司と―― 千夜一夜の物語
菱沼あゆ
ライト文芸
「俺が寝るまで話し続けろ。
先に寝たら、どうなるのかわかってるんだろうな」
複雑な家庭環境で育った那智は、ある日、ひょんなことから、不眠症の上司、辰巳遥人を毎晩、膝枕して寝かしつけることになる。
職場では鬼のように恐ろしいうえに婚約者もいる遥人に膝枕なんて、恐怖でしかない、と怯える那智だったが。
やがて、遥人の不眠症の原因に気づき――。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる