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ささやかなる弁当
突然の爆発
しおりを挟む朝の身支度を整え、仕事に行こうとした駿佑は、タブレットで流していた動画を止めて思う。
……今、また無意識のうちに、『太陽と海』の動画を流してしまっていたな。
昼、駿佑は小会議室で女子社員たちに混ざって、万千湖の弁当を食べながらそのことについて考えていた。
横に座る万千湖は、隣の瑠美と楽しそうに話している。
その横顔を見ながら、駿佑は思う。
俺はもしや、こいつのファンなのか?
いや、別に歌も踊りも上手いと思わないし。
そんなはずもないんだが。
そう。
ファンというのは、あいつのような奴のことを言うんだ。
駿佑は、最近、よく自分と一緒にここでコンビニ弁当を食べている雁夜を見た。
あいつの弁当の横にある、あのブルーの生地にたくさん細い文字が白抜きで入ってるペットボトルホルダー。
遠目だが、マチカのグッズじゃないのか?
また落札したのかっ?
綿貫辺りが聞いていたら、
「いや、遠目でわかるお前の方が怖いんだけど……」
と言ってきそうだったが、口に出さなかったので、誰も突っ込んではこなかった。
「太陽と海」は解散後も人気があるので、グッズの価格が高騰しているらしい。
万千湖の実家にはいろいろ眠ってそうだから、それらを全部売りさばいたら、結構借金返せるのでは……。
とロクでもないことを考えてしまう。
しかも、妄想の中でそれを買っているのは雁夜だった。
……俺は雁夜や船田くんや、部長の息子みたいに、こいつのファンなわけじゃない。
俺なんかが白雪と一緒に住んだりとかしていいのだろうか。
あいつらみたいなファンだったら、狂喜するかもしれないのに。
まあ、船田たちだったら、逆に、
「いやいや、マチカさんと暮らすとか緊張するんで」
と逃げ腰になっていただろうが。
だが、ここに、特に逃げ腰にならない男がひとりいた。
みんなと一緒にコンビニ弁当を食べながら話していた雁夜の耳に、
「そうだ、課長が昨日~」
と万千湖が話しているのが聞こえてきた。
僕も課長なんだけど。
白雪さんががふいに『課長』って言うときの課長は、駿佑なんだよね~。
ちょっと寂しいかな、と思う。
まあ、一緒にこうして過ごせるだけで、結構満足だけど。
マチカとカラオケに行ったときなんて、前の晩、楽しみで寝られなかったし。
マチカが目の前で歌ってくれてよかったな。
微笑んでマチカ、いや、白雪万千湖を見つめていると、目が合ってしまい、照れられる。
あーあ。
なんか一緒に家建てるとか言ってたし。
もうこの二人で決まりなんだろうな。
なんで部長は僕を見合いに連れていってくれなかったのかな。
そしたら、白雪さんと家を建ててたのは僕だったかも知れないのに……と駿佑に、
「いや、お前、いきなりなんの心の準備もなく、家建てたいか……?」
と言われそうなことを思う。
そのあと、給湯室でお弁当箱を洗っていた万千湖と一緒になったので、
「そういえば、結婚式はいつ?」
とお祝いを贈る関係もあるので訊いてみた。
だが、万千湖は、
「えっ? なんのことですか?」
と言う。
たまたま二人で訪れた住宅展示場でモデルハウスが当たって一緒に住むだけなのだと言う。
「ルームシェアみたいなもんですかね?」
と万千湖は照れたように笑った。
……どっちかっていうと、ハウスシェアでは。
二世帯だし、と思ったとき、万千湖が微笑み、自分の手にあるペットボトルホルダーを見た。
「それ、ライブのときの限定グッズですよね?
まだ持っててくださったんですか?
嬉しいです」
そう言いながら、万千湖は、ちょい、とペットボトルホルダーをつついてきた。
過去を懐かしむかのような顔をして。
少し前のめりになった万千湖の小さな頭が鼻先に来て、ふわりといい香りがする。
ライブ会場で遠くから見つめていたときには、決して嗅げなかった香りだ。
「マチ……、
白雪さん」
はい? と万千湖がカラコンで茶がかかった瞳で見上げてくる。
何色の君でも好きだっ、と思いながら、雁夜は言った。
「僕と結婚してくださいっ」
「は?」
「君が駿佑と二世帯住宅を建てるのなら、駿佑と住んでもいいっ」
「……えーと」
「結婚してください」
と雁夜は万千湖の手を握ろうとしたが、つい1ファンだったときの心が覗いて、握手会のときのような握手をしてしまった。
「結婚してください」
「……はあ」
万千湖が困ったような顔をする。
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