上 下
72 / 125
ささやかなる弁当

お前は狙われている……

しおりを挟む
 

「あら、もうこんな時間ね。
 一緒にお食事していけばいいのに。

 駿佑が他に用事があるって言うから」

 せび、またいらしてね、と言われる。

 長くいたら疲れるだろうと気を使った駿佑がそう言ってくれていたようだ。

 住宅メーカーに行くのは明日だし、特に今日は用もないのだが。

「そうそう。
 式はいつ頃になるのかしら?」

 そう駿佑の母に訊かれ、万千湖は、は? となる。

 なんの式だろうな。

 竣工式しゅんこうしき

 いや、ビルか。 

「その話はまた」
と駿佑は遮ったが、

「でも、みんなも予定ってものがあるんだから。
 早く言っとかなきゃ駄目でしょ。

 だいたい、何月くらいとか決まってないの?」
と母に詰め寄られている。

 駿佑は困っているようだった。

 駿佑は、ここで結婚するわけじゃないとか言ったら、また話がややこしくなるな、と悩んでいたのだが。

 駿佑の意図も、母の意図も、万千湖には伝わっていなかった。

「万千湖さん、なにかいい日とかある?」

 駿佑の母が微笑み訊いてくる。

「いい日ですか?」

 万千湖の頭に、10億円の文字と微笑む招き猫が印刷された、はためく赤いのぼりが浮かんだ。

「やっぱり、大安吉日とか」

「そうよねえ」

「一粒万倍日とか」

「一粒万倍日もいいかもね。
 天赦日てんしゃびなんかもいいらしいわよ」

「そうなんですかっ」

「帰ろう。
 話が噛み合ってるようで、噛み合ってないから」
と言う駿佑に連れて帰られた。

 

 駿佑の家は楽しかったが、やはり緊張していたらしく、駿佑の車に乗った万千湖は、ちょっとホッとしていた。

 緊張するはずの課長の車でホッとするとは……と思ったとき、駿佑が言った。

「よく頑張ったな。
 焼肉でも食べに行くか」

「あっ、いいですね~。
 ところで、さっきのいい日の話はなんだったんですか?」
と訊くと、駿佑は口ごもる。

「家を建てる日ですか?
 あ、入居日とか。
 それとも、棟上むねあげの日ですか?」

 駿佑はかなり迷ったあとで言ってきた。

「……お前はたぶん、俺の嫁として狙われている」

「は?」

「ちょうどよさそうな嫁として狙われている」

「……本人が狙っていないのにですか?」

 課長には、まったく狙われている感じがないんですけど、と思いながら、万千湖はそう訊いてみた。

「そもそも、見合いして、一緒に家を建てるとか言うから。
 結婚すると思われているようなんだが……」

「……そういや、普通はそう思うかもですね」

 うちの親もそう疑ってましたしね。

「だが、さっきの親の態度を見ていたら、俺が違うと言ったところで、お前はうちの親に狙われそうな気がした」
と駿佑は言う。

「考えてみれば、お前は愛想はいいし、礼儀正しいし。
 息子の嫁に欲しいとか、孫の嫁に欲しいとか言われそうなタイプだよな」

「……息子の嫁に欲しいと親が思うタイプと、息子が嫁に欲しいと思うタイプは往々おうおうにして違うらしいですけどね」

 万千湖は、よく近所のおばちゃんたちに言われていたセリフを思い出していた。

「万千湖ちゃんは、もういいお相手いるんでしょう?」

 それを言われるたびに、母親が、

「いないいない。
 いるわけないじゃないの、この子に」
と笑い、おばちゃんたちが、

「あらー、こんなにいいお嬢さんなんだから、いないわけないわよ。
 お母さんが知らないだけよ。

 ねえ、万千湖ちゃん」
と言う。

 それは、幾度となく繰り返されていた会話。

 だが、そのたびに、万千湖は微笑み返しながら思っていた。

 そのいるはずの私のお相手。

 お母さんだけではなく、私も見たことも聞いたこともなく、知らないのですが……、と。

「私は若い男性には受けが悪いのですかね?」

 一度も浮いた噂が浮いてきたことがなかったのですが、と言うと、駿佑は、
「そんなこともないだろう。
 だって、お前、アイドルだったんだろう?」
と慰めてくれる。

「……そんなものは所詮、作り上げた虚像。
 白雪万千湖がモテているわけではありません。

 みんな、ほんとうの私なんて見てないんですよ」
とクールに言ってみせたが、

「……いろいろお前のアイドル時代の話を聞いたが。
 何処にも虚像らしきものを感じなかったんだが」

 もうちょっとファンのためにカッコつけろよ、と叱られる。

 黒岩さんがもうひとり増えたみたいだな、と万千湖は思った。


しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

あまりさんののっぴきならない事情 おまけ ~海里のろくでもない日常~

菱沼あゆ
キャラ文芸
あまりさんののっぴきならない事情 おまけのお話です。 「ずっとプロポーズしてる気がするんだが……」

あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 令和のはじめ。  めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。  同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。  酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。  休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。  職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。  おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。  庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。

不眠症の上司と―― 千夜一夜の物語 ~その後~

菱沼あゆ
ライト文芸
「不眠症の上司と―― 千夜一夜の物語」その後のお話です。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

不眠症の上司と―― 千夜一夜の物語

菱沼あゆ
ライト文芸
「俺が寝るまで話し続けろ。  先に寝たら、どうなるのかわかってるんだろうな」  複雑な家庭環境で育った那智は、ある日、ひょんなことから、不眠症の上司、辰巳遥人を毎晩、膝枕して寝かしつけることになる。  職場では鬼のように恐ろしいうえに婚約者もいる遥人に膝枕なんて、恐怖でしかない、と怯える那智だったが。  やがて、遥人の不眠症の原因に気づき――。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?

石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。 ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。 ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。 「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。 扉絵は汐の音さまに描いていただきました。

処理中です...