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ささやかなる弁当

どんな人なの? 騙されてない?

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 そうか。
 白雪は来てくれるのか。

 駿佑は、ちょっとホッとしていた。

 実は、昨日、実家に寄ったので。
 万千湖と家を買う話をしたのだ。

「なにそれ、あんた、結婚すんのっ?」
と夕食後、かなり前のめりな母に言われた。

「見合い勧めても断るだろうなと思って、今まで全部断ってきたのに、自分からするなんてっ」

 いや、単に部長に、わけもわからず引っ張っていかれただけなんだが……、
と顔は自分とよく似ているが、なんにでもガンガン前へ出ていくタイプの母親に言われ、引き気味になる。

 リビングの大きなテレビでゲームをやっていた弟のほまれがこちらに背を向けたまま言ってくる。

「それ、どんな人なの? 騙されてない?」

 なんでいきなり、騙されてない? だ。

 お前は黒岩さんか。

 そして、どんなって言われても……。

 なんだか説明のしようもない奴だからな、と思ったあとで、駿佑は訊いてみた。

「お前、『太陽と海』って聞いたことあるか?」

 誉は高校生だが。
 普段、万千湖とは関係ない地域に生息してるし。

 しゃべるなと言ったら、しゃべらない奴だから、まあいいかと思い、そう訊いてみたのだ。

「……太陽と海」
と口の中で呟いていた誉だったが、ああ、と言い、ゲームを一旦終えると、テレビ台の下をゴソゴソしはじめた。

 一枚のDVDを出してくる。

雄也ゆうやがアイドルオタクでさ」

 ご当地アイドルの特集を録画したのを焼いてくれたらしい。

 誉が早送りする画面を見ていた駿佑は、
「そこだっ」
と止めさせた。

「この黒髪ロングヘアでメガネの……」

「へえー、可愛いじゃん。

 なるほど。
 これが『太陽と海』だったか。

 いや、名前は聞くんだけど、俺、あんまりアイドル興味ねえから。

 兄貴、こういう人が好みなの?
 その見合い相手がこういう顔なの?」

「……いや、本人なんだが」

 ええっ? と誉と、ダイニングに座っていた母が叫び、まったく気のない素振りで新聞を読んでいたソファの父も顔を上げた。

「あんた、騙されてるよっ」
と叫ぶ母の声に被せるように、

「兄貴っ、ミズキ紹介してもらってっ」
と誉も叫ぶ。

「誰だ、ミズキって……」

「900万円、詐欺だよっ」

 黒岩さん化した母がまた叫ぶ。

「ミズキ知らねえのっ?
 超人気アーティストじゃんっ」

「そういう人たちとは関わり合いなさそうだが……」

「一応、全国展開してるグループなのにっ?
 兄貴、騙されてるよっ」

「騙されてるよ、駿佑っ!」

 弟と母が同時に、騙されてるよっ、と連呼するので、洗脳されそうになったが。

 職場に行ったら、万千湖は相変わらず、ぼんやりして、ヘラヘラしていた。


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