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ささやかなる弁当
そもそも、なんのマイスターなんだ
しおりを挟む「そもそも、デビュー曲の『マイスター』は一体、なんのマイスターについて歌ってる曲なんだ。
いまいち伝わってこなかったが」
「あ、あれは、マイスターとマイ・スターをかけてるんだとお茶屋のシゲさんが……」
「お茶屋のおじさんが歌詞書いてんのかっ」
すごいじゃないかっなどと駿佑と話している間に、呑んで騒いで疲れたらしい綿貫は寝ていた。
雁夜が駿佑に言う。
「もう終わりだよ。
最後に歌いなよ、駿佑。
嫌なら無理にとは言わないけど。
せっかく来たんだからさ」
ちょっと迷ったようだったが、うむ、と駿佑は立ち上がる。
「みんなに歌を聴かせてもらったのに、自分だけ歌わないのもな」
曲がなかったら、アカペラでいいかと訊いてくる。
「待って、探そう」
と雁夜がスマホを手に言う。
駿佑と雁夜はスマホを見ながら、話していた。
「ああ、あった。
あるんだね、こういうのも」
と雁夜が言い、
画面に『ベートーヴェン交響曲第9番第4楽章 歓喜の歌』の文字が現れる。
「何故……」
と呟く万千湖に、
「昔、声楽をやっている友人にマンツーマンで習った」
と駿佑が言う。
「社会に出たら、一発芸を要求されるときもあるだろうと思って」
あなたの思い描く社会とはどんなのですか。
っていうか、あなたには、すでにいろいろと芸がありますが。
もしや、あのマラカスや打楽器の芸も社会に出て必要だと誰かから学んだものなのですか。
いや、みんながその正確さに、集中してあなたを見てしまうので、それでカラオケが盛り上がるかは謎なのですが、
とか思っているうちに、駿佑が歌い出す。
カラオケルーム内がビリビリ震えるくらい響く声だ。
その荘厳さに、今、自分たちが何処にいるのか見失う。
マラカスを抱いて寝ていた綿貫が駿佑の声量に驚き、飛び起きてきた。
「なにっ?
年末っ?
年越しっ?」
と綿貫が叫ぶ中、なにかありがたい気持ちになって、カラオケ大会は終了した。
「いい点数でしたね、課長。
やはり、私の歌はなにか間違っているのかもしれません」
駐車場に向かって歩きながら、万千湖は言った。
「なにを言うマチカ……
違った、白雪」
あなたまで雁夜課長に引きずられないでください、と思ったが。
実は、さっきカラオケのとき流れていた映像のせいだった。
呑んでいない雁夜が瑠美と綿貫を、駿佑が万千湖を送っていってくれることになった。
車に乗った途端、駿佑が言ってくる。
「そうだ。
お前を親に紹介したいんだが」
えっ? と万千湖は驚いたが、駿佑はあくまで事務的だった。
「お前と家を買う話、一応親に言ったら、一度、お前と会ってみたいと言い出したんだ。
同じマンションかアパートに住むモノ同士っていうのと変わらないポジションなのにな」
どうする? お前が嫌なら断るが、と駿佑は言う。
「でもまあ、900万円ずつ出すわけですから、親御さんが不安になるのもわかります。
じゃあ、私、課長のご家族のところに、ご挨拶に伺いますよ。
特に予定はないので、いつでも合わせられま……
あっ」
と万千湖は声を上げて言い直す。
「来月の第一日曜以外は暇です」
「……まだイケメン探しに行く気なのか、増本は」
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