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ささやかなる弁当

なんてことを……っ!

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「まあ、しっかりやれよ、万千湖」

 あまり邪魔しても、と思い、黒岩はその場を去ることにした。

 駿佑に向き直り、
「万千湖をよろしくお願いします」
とCDの宣伝するときと同じ感じに言って、その場をあとにする。

 しばらく行って振り返ったが、あの二人はまだ寒い中、ベンチに座り、揉めながらも楽しそうにお弁当を食べていた。

 今日はかなり寒いんだが。

 でも、こいつら寒さが気にならないんだろうな。

 マチカは寒がりだが、あの男と二人でいたら、寒くないようだ。

 幸せにな、マチカ。

 まだ駿佑がもらってくれるとも限らないのに、もう妹か娘を嫁に出すような気持ちで、しんみりしながら、黒岩はその場を立ち去った。
 


「あ~、こうして中に入ると、外って寒かったんですね~っ」

 会社のロビーに入った万千湖はハエのように手をこすり合わせる。

 急に身体が温まり、指先にビリビリと血が流れるのを感じて初めて、外がビックリするくらい寒かったことに気がついた。

 いや、寒いなと思ってはいたのだが、何故かそれほど気にならなかったのだ。

「あ、おかえりー。
 何処行ってたの?」

 ロビーの自動販売機の前にいた雁夜が二人に気づいて手を振ってくる。

 瑠美も側にいた。

 外で弁当を食べていたと万千湖が言うと、瑠美が驚く。

「ええっ? この寒いのにっ?
 物好きねえ」

 黒岩と出会った話もすると、雁夜が、
「ああ、プロデューサーの黒岩さん」
と笑い、駿佑が、

「……お前、詳しいな」
と呟いていた。

「黒岩さんが来てたんだ~」

 そう言う瑠美の目には、お会いしたかったっ、と書かれていたが。
 横に雁夜がいるせいか、口に出して言うことはなかった。

「そう。
 黒岩さんにもお弁当ちょっと食べてもらって……」
と言いかけると、瑠美が、

「えっ?
 あんた、黒岩さんにも冷凍食品弁当食べさせたの?
 一体、何人に食べさせるつもりっ?」
と非難してくる。

 食べさせてはいけないのですか……。

 まるで弁当食べさせたらゾンビにでもなってしまうかのような感じだ。

 部分的に手作りもありますよ?
と思う万千湖の横で、駿佑と雁夜が黒岩について話していた。

「黒岩さんってすごい人なんだよ~。

 太陽と海のメンバーは可愛い子や歌が上手い子ばっかりだったけど。
 やっぱり、あの人の戦略あってこその全国展開だったと思うね」

「可愛い子に歌が上手い子ね」

 チラ、と駿佑は万千湖を見て、
「でも、こいつもいたんだろ?」
と言う。

「可愛いじゃない、マチカちゃん」

 照れもせず雁夜は言うが、それはたぶん、ただ単に太陽と海のメンバーとしてのマチカを褒めているだけで。

 今、同じ職場にいる白雪万千湖を褒めているわけではないからだろう。

「……歌は?」
と駿佑が訊く。

「太陽と海のメンバーはみんな歌上手いよ。
 ユカちゃんとか、今、ネットで歌っててすごいし。

 マチカちゃんもそこそこ上手いよ!」

 そこそこ上手い、とファンゆえの厳しさか、笑顔で雁夜が断定する。

 そこそこ……と万千湖が苦笑いしたとき、

「そうだ、みんなでカラオケ行きませんか?」
と瑠美が言い出した。

「万千湖の歌聴いてみたいし」

「ええっ?」

 反対してくれると思った駿佑まで、興味があるのか、ほう、という顔をする。

 いや、あなた聴いたことありますよ、私の歌……。

 ラジオから流れてきたではないですか。

 いや、駿佑はスマホで鼻歌も聴いていたのだが、そのことは万千湖は知らなかった。

「あっ、カラオケ行くの?
 いいなあ」
と近くを歩いていた綿貫が話に混ざってくる。

「綿貫さんもどうですか」
と瑠美が誘う。

 いいね、いいねー、と二人はすぐに話がまとまったようだった。

「大丈夫なのか?」

 綿貫が去ったあと、駿佑が不安そうに訊いてきた。

「一緒にカラオケ行って歌ったりして、白雪がアイドルだとバレないか?」

 だが、雁夜は笑顔で言ってくる。

「大丈夫だよ。
 きっと歌ってもバレないよ!」

「雁夜さん……」

「お前、ほんとうに白雪のファンなのか……?」

 万千湖と駿佑は不安げにそう呟いた。


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