56 / 125
ささやかなる弁当
指が震える……
しおりを挟む沈黙は、ふとしたときにやってくるものだ。
万千湖が、
「この間、テレビで、iPhoneで念写する方法ってやってて、ビックリしたんですよ~」
と言い、駿佑が、
「連写の間違いだったんだろ」
とオチを先に言ったところで沈黙が訪れた。
あまりにくだらない話だったからかもしれない。
ちょっと気まずいな……と思いながら、万千湖は見慣れたおのれの部屋の中を見回してみた。
「えーと……」
と特になんの話をするというビジョンもなく、適当に言ったとき、窓近くのデスクの上に置いていた日記が目についた。
「に、日記読みますか?」
「なんだって?」
雑誌でも読みます? というように、日記を読むかという万千湖に駿佑が問い返してくる。
「あ、すみません。
興味ないですよね、私の日記なんて」
「いや……あるとかないとか以前に、日記って、家を訪ねた客に、ちょっと読みますか? とかいうようなものだったか?」
「あー、でも、私の日記って。
なんかすごいことが書いてある秘密の日記とかではなくて。
メモ帳代わりというか。
日々あったことを書いているだけっていうか。
でも、毎日書きたいことがたくさんあるのに、一日一ページしかないんで。
取捨選択して、印象に残ったことだけを書くようにしてるんですけどね」
万千湖はそう言いながら、もう日記帳をとって来ていた。
「あとで読み返しても楽しいように、いろいろ工夫もしてるんですよ。
写真貼ったり、マスキングテープで飾ったり、イラスト描いたり」
「……見せたいんだな、要するに」
と言われ、万千湖は笑う。
渾身の日記。
人にとっては興味のないものかもしれないが、ちょっと見て欲しい、と思っていた。
日記見ますかってどういうことだ……。
この世に鍵付きの日記とかあるの、こいつは知っているのだろうか。
普通は見せたくないものだぞ、と駿佑は思っていたが、万千湖は堂々と見せてくる。
「じゃ、じゃあ、見せたいページをお前が見せろ」
遠慮してそう言ってみた。
たぶん、頑張って描いたイラストとか、いい感じに撮れた写真だけを見せたいんだろうなと思ったからだ。
「そうですか?
じゃあ」
と言いながら、見せるも見せないもない、万千湖は目の前でバサバサとページをめくりはじめる。
丸見えだ……。
「これっ、これなんて頑張ったんですよ~っ」
みんなでランチに行ったときに見た素敵な並木路が色鉛筆で描かれていた。
「ほう。
よく描けてるじゃないか」
小学生を褒めるような感じで褒めてしまったが、万千湖は嬉しそうだった。
そのあともいくつか万千湖が思う力作ページを見せられる。
ふーん、なかなか頑張ってるじゃないか。
っていうか、こいつ、丸文字だな。
アイドルだからか?
とそんな莫迦な、というようなことを考えながら、眺めていると、
「あ、なんだか喉乾きましたね。
珈琲でも淹れてきます」
どうぞご自由にご覧になっててください、と言って万千湖はお湯を沸かしに行ってしまった。
いや、ご自由にって、と思いながら、駿佑はマスキングテープで飾られたページが開かれているのを眺めていたが。
待てよ、と気がついた。
……これ、俺と見合いした日のことも書いてるんだよな。
万千湖は鼻歌を歌いながら、ポットに水を入れている。
駿佑はページをめくってみた。
気のない素振りで、ゆっくりと。
だが、万千湖が今にも、
「見ていただいてありがとうございます~」
とか言って、ひょいと持って行ってしまいそうなので内心焦っていた。
「課長~」
間の抜けた万千湖の声が、リビングと続きになっているキッチンから聞こえてきた。
駿佑は慌てて適当に眺めているフリをする。
だが、万千湖は顔を上げて、こちらを見ることもなく。
珈琲が入っているらしき缶を開けながら、訊いてくる。
「珈琲、濃い方がいいですか?」
「い、いや、特に……」
そうですか~という万千湖の声を聞きながら、駿佑は急ぎページをめくってみた。
「あ」
ひっ。
万千湖は自由に見ろと言っているのだから、別に何処を見ていても咎められることもないのだが。
自分があの見合いの日のことを気にして探そうとしていると万千湖に知られるのが嫌だった。
「そうそう。
新しいいい珈琲もらったんでした~」
万千湖は今の缶を戻すと、こちらに背を向け、ゴソゴソ棚を探しはじめる。
いい珈琲って、なんだっ。
悪い珈琲って、どんなんだっ。
っていうか、お前、あ、とか、ほ、とか、いろいろ声を上げるなっ、と、
「いや、『ほ』は言ってないです」
と万千湖に言われそうなことを思いながら、ページをめくる。
ついに見合い翌日の日付を見つけた。
日記は見合いの日のちょっと前くらいからつけ始めたんだったらしく、かなり前のページだった。
表側から見ればよかった……。
駿佑は、はやる心を抑え、震える指先でページをめくってみた。
4
お気に入りに追加
115
あなたにおすすめの小説
あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~
菱沼あゆ
キャラ文芸
令和のはじめ。
めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。
同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。
酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。
休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。
職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。
おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。
庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
不眠症の上司と―― 千夜一夜の物語
菱沼あゆ
ライト文芸
「俺が寝るまで話し続けろ。
先に寝たら、どうなるのかわかってるんだろうな」
複雑な家庭環境で育った那智は、ある日、ひょんなことから、不眠症の上司、辰巳遥人を毎晩、膝枕して寝かしつけることになる。
職場では鬼のように恐ろしいうえに婚約者もいる遥人に膝枕なんて、恐怖でしかない、と怯える那智だったが。
やがて、遥人の不眠症の原因に気づき――。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる