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ささやかなる弁当

七つの願い

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 食事のあと、瑠美が言っていた前の職場の男が気になって訊いてみた。

「ああ、プロデューサーの黒岩さんです。

 ……って、昼間、言いませんでしたっけ?」

 いや。
 お前は俺をじっと見つめてきただけで、なにも口から発してはいないが……。

『プロデューサーの黒岩さんです』は例え百年ともに暮らしても、視線だけで読み取ることは不可能だろう。

 そこで駿佑は万千湖が淹れてくれたお茶を一口飲んだ。

 えっ? と驚く。

「美味いじゃないかっ」
「あ、ありがとうございますっ」

「お前のことだから、ペットボトルで出してくると思ってたんだが」
と言うと、万千湖は苦笑いし、

「いや~、そんなときも多いんですけどね~。
 今日は、ちょうどいいお茶があったので」
と言う。

「そういえば、お茶の淹れ方が上手いというので、部長に息子と見合いしないかと言われたんだったな」

「そうなんですよ。
 お見合いはともかく、お茶褒めてもらって嬉しかったです。

 でも、実はお茶の淹れ方、アイドルを辞めるとき、黒岩さんに習ったんですよね。

 会社勤めするのなら必要だろうって言われて。

 黒岩さん器用なんで、意外とそういうのも得意なので」

 そこで万千湖は小首を傾げて言う。

「黒岩さんに習ったお茶の淹れ方を褒められて、お見合いの話が来たわけですよね?

 ってことは、黒岩さんが部長の息子さんの嫁にスカウトされたようなものでは」

 でもその話、結局は息子が断って俺に回ってきたわけだよな。

 駿佑の頭の中で、突然やってきた謎の男が万千湖を追い払い、自分の前に座った。

 ……いやいや。

「そういえば、課長。
 玄関の七福神様にお祈りされました?

 課長はまだなにも願ってらっしゃらないから、七つ願えますよ」

「……七つ?
 そんなに願いごとはないな」

 そういえば、あまりそういう意味で手を合わせたことはない。

 いや、健康とか家内安全とか、初詣でそういうのは願ったりもするが。

 こいつのように、宝くじ当たりますように、とか。

 抽選当たりますようにとかはあまりないかな、と思う。

「っていうか、抽選は当たったが、宝くじは当たってないんだろ?」

 ひとつしか叶ってないじゃないか、と言ったが、万千湖は、
「いやいや。
 まだ当選発表見てないじゃないですか」
と言う。

「一、二等くらいなら張り出してあるはずだから、それ以下なのは確実だよな」

「……三等かもしれません」
と万千湖は強がる。

「宝くじ持って売り場に行ってみろ」

 照合してもらえ、と言ったが、
「いやいや、もうちょっと夢を見させてください」
と万千湖は言う。

「……外れる気満々じゃないか。
 番号見てもらったあと、新しいの買えばいいだろ」

 宝くじ、常になにか売ってるんだから、と言うと、万千湖の表情が明るくなる。

「そうですよねっ。
 じゃあ、今度そうしますっ」

 万千湖の淹れてくれた温かい緑茶を飲みながら駿佑は言った。

「しかし、今回にみたいに一枚しか買わないんじゃ確率は低いんじゃないか?」

「いえいえ、枚数の問題ではないですよ」
と万千湖は言う。

「一等とその前後賞分の三枚を買えばいいと誰かに聞きました」

「誰かとは誰だ。
 そして、三枚と言いながら、一枚しか買わないのはどういうわけだ」
と突っ込んでみたが、もう返事はなかった。


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