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ささやかなる弁当

新生活を思い描いてみよう

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 900万か、1800万か、決められないまま、万千湖は駅前の100均に行っていた。

 ここで新生活を思い描いてみよう、と思ったのだが、小物ばかりで、なんとなく浮かばなかった。

 でも、ソファとかテーブルとか、すでに全部そろってるみたいだしな~。

 ホームセンターに行ってみようかな。

 それで、素敵なラグとか見てみよう、と思ったとき、300円のちょっと小洒落たビンゴゲームを手にした黒いコートの男が呼びかけてきた。

「マチカ……」

 ひっ、黒岩さんっ、と緊張する。

 今日は忘れ物はありませんっ、と昔の癖で思ってしまった。

「お前、この近くに住んでるのか」

「はいっ。
 黒岩さんは?」

「撮影について来たんだが。
 社内のイベントでビンゴゲームやるらしいんで、買いに。

 暇な時間があるから、買って来てやろうかと言ったら、新田が驚いていた」

 ああ……と万千湖は苦笑いする。

 前はそんな感じに気の利く男ではなかったからだ。

 丸くなったな、黒岩さん、と万千湖は思う。

「元気そうだな」

「はい。
 黒岩さんもお変わりなく」

「みんな普通の生活を半年もやったら飽きたらしくて、活動を再開しはじめたようだ。

 トモカは今度うちに来るかもしれない。
 歌手じゃなくて、モデルとしてだが」

 懐かしいメンバーの顔を思い出し、万千湖は笑った。

「向いてるかもですね」

「……お前はもうやらないのか?」

「いや~、それが全然、普通のOL生活に飽きなくてっ。
 だって、毎日なにか新しい発見があるんですよっ」
と万千湖は昔のように身振り手振りを加えて黒岩に語る。

「今も重大な岐路に立たされていて、日々、ドキドキしています」

「岐路って、どんな?」

「900万の借金になるか、1800万の借金になるかの岐路です」

「……お前、あれほど上手い話には乗っかるなと言ったのに」

「いや……詐欺に引っかかったわけじゃないですよ?」

 詐欺といえば、あんなエリートのイケメン課長が見合いに来たことが一番詐欺っぽいなと思いながら、万千湖は黒岩に、今の状況をザックリ説明してみた。



「ほう。
 この半年でもう、男と家をな」

 そんな黒岩の呟きを、なにかいろいろと誤解があるようだ……と思いながら、万千湖は聞いていた。

「大抵のやつは、一度はこの世界を離れても戻ってくる。
 実際、『太陽と海』の他のメンバーもそうだ。

 お前だけだ。
 半年間、泳がせているうちに、別の場所にどっしり根ざしてしまったのは」

 いや、泳がせてるうちにって、犯人か……。

「……お前たちで、やりたいことがまだまだあったんだがな」

 黒岩は遠くを見ながら、ぽつりと言った。

 せめて、お前たちと、と言ってください……と思いながらも。

 私たちを引っ張っていってくれた黒岩さんに、もうちょっと恩返ししたかったな、とも思っていた。

「まあ、よくわからんが。
 ともかく、騙されるなよ。
 なんだかんだで、お前たちは箱入りだから、心配だ」
と親のような、兄のようなことを黒岩が言い出したので、しんみりとする。

「ともかく借金はこさえるな。
 補填してやりたくとも、俺も今のところに戻ったばかりなんで、あまり蓄えはない。

 前の仕事ではそんなにギャラもらってなかったし」
と言われ、申し訳ございませんっ、と万千湖は商店街の人々に代わり、黒岩に頭を下げた。

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