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ささやかなる弁当

シェアハウスではありません

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 1800万か、900万か。
 とりあえず、万千湖は夕方、実家に電話してみた。

 だが、
「あんた、何回かけてくんのよ。
 まだ断ってないの?」
と叱られる。

「それが実は、一緒に家買ってくれるかもしれない人がいて。
 その人と住むのなら、900万円ですむんだけど……」

 半々に住んでもまだ広いから、お母さんたちも一緒に住む? と万千湖が訊き終わらないうちに、母は身を乗り出すようにして訊いてきた。

「なにそれっ。
 あんたの結婚相手っ?」

「いや、結婚相手じゃなくて、見合い相手」
と言って、同じことでしょっ、と怒られる。

「よかったわ~。
 信じられないっ」

 夢のようだわっ、と親はこちらの話も聞かずに喜びはじめる。

「アイドルになるとかバカなこと言って。
 もうどうしようかと思ってたんだけど」

 いや、私、引っ張り出されただけなんですけど……。

 お母さんあなたも、
「ちょっとした賑やかしなんでしょ。
 出てあげなさいよ~。

 いつもお世話になってるでしょ」

 って、イベントで出す豚汁よそいながら、言ってましたよね? と万千湖は思っていたが。

 親というのは自分の言ったことをすぐに忘れる生き物だ。

 すっかりそんなことは忘れ、勝手に心配して、勝手に安堵しているようだった。

 まあ、それも親心か、と万千湖が思ったとき、母が言った。

「あんたが普通にOLやるだなんて、絶対続かないと思ってたんだけど。
 就職して、見合いして、結婚とか。

 あんたもやっと人並みな人生を歩んでくれるのね~。

 もう~、大学卒業するときも、ご近所さんがみんな、うちの子やっと内定とれたとか言ってるときに。

 あんたは、ついに、どっかのフェスに出られるとかそんな報告しかしてこなくて」

 ……いやそれ、かなり大きなイベントだったんですよ。

 ユカちゃんとか、みんな、泣いて喜んでましたよ。

 あの黒岩さんだって、よくやった、ついにここまで来たな、と言ってくれたのに。

 親にとっては、そんなことより、就職の内定でも、もらってこいよっ、という感じだったようだ。

「そうだ。
 さっき、スーパーでサヤカちゃんのお母さんに会ったのよ。

 サヤカちゃん、また仕事はじめたんだって?

 せっかく足洗ってくれたと思ったのに、また、元の木阿弥もくあみ
 恐ろしいところね、芸能界って、って話してたのよ~」

 いや、足洗ったって、ヤクザじゃないんで……。

 サヤカさんも大変だな、と万千湖は苦笑する。

 ユカちゃんなんか、ネットで歌ってて、結構すごいんだけど。

 親に言っても、
「なにそれ?
 ちゃんと働いた方がいいわよ」
 なんだろうな、と思う。

 まあ、そんな感じに商店街周辺での扱いが雑だったから、仕事しているとき以外は普通の生活が送れて楽だった、というのはあるし、感謝もしている。

 まあそれはそれとして。

 ともかく、結婚の誤解だけは解かねばと説明してみたが、やはり、いまいち話は通じなかった。

 通じなかった原因は、我々にもあるのかもしれないが。

 説明しているうちに、今の状況が客観的に見えてきた。

 結婚する予定もない見合い相手とお金を出し合い。
 家を半々にして住むなんてどうなんだ、という気はしている。

 案の定、母は言った。
 
「なにそれ?
 結婚相手でもない、知らない人と住むってどういうこと?

 そこ、シェアハウス?」

 いや、知らない人とは言ってません。

 何故、結婚相手か、知らない人かの二択なのですか、母よ。

 だが、シェアハウスというのはある意味当たっているかもと思う。

 なにも安上がりではないシェアハウスなのだが……。


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