上 下
41 / 125
ささやかなる弁当

本来のお見合い相手の人が来ました

しおりを挟む
 
 三時くらいになり、ちょっと休憩に自動販売機のとこまで歩いて、なにか飲もうかな、と万千湖が思ったとき、人事の部長が入り口から手招きしていた。

「いや、実は今日、息子たち、式の準備のために休みをとってるんだけど。
 今、下に来てるんだ」

 少し抜けられるかね? と言われる。

「うちの息子、なかなか彼女に告白できなかったみたいなんだけど。

 君との見合いがきっかけとなって、結婚できることになったんで、二人でお礼を言いたいそうなんだ。

 自分の代わりに見合いしてくれた小鳥遊くんにも」

 そう言われ、駿佑とともにエレベーターでロビーに下りた。

 ころんとした印象の部長とは全然違う、すらりとした、感じのいい青年と人の良さそうなロングヘアの可愛らしい女性がソファから立ち上がり、こちらに向かい、頭を下げてくる。

 いっしょに頭を下げながら、ぼそりと駿佑が言ってきた。

「なかなか良さそうな人じゃないか。
 あっちと見合いできればよったのにな」

「なんでですか。
 課長のおかげで、日々楽しいです」

 楽しいですってなんだ? という顔で駿佑はこちらを見た。

 いや、ほんとうだ。
 課長といるようになってから、ある意味、アイドルをやっていたときより、刺激のある毎日だ、と万千湖は思う。

「すみません。
 ほんとうにお世話に……」

 感じの良い部長の息子さんは笑顔で挨拶しようとしたが、万千湖の顔を見て止まる。

「マ……」

 あれっ?
 なんかヤバい感じ、と思ったとき、息子さんが叫んでいた。

「マチカ!?」

「……誰だ、マチカって」
と駿佑がこちらを見下ろしてくる。



 ……マチカ。

 マチカって、なんなんだろうな、と駿佑は思っていた。

 昔、他社の営業さんがうちの女性社員をうっかり源氏名で呼んで、彼女が夜の街で働いていたことが発覚したことがあったが。

 こいつはとてもではないが、夜の街では働けそうにもない。

 まず、色気がない。

 ……あだ名かな?
 万千湖で、マチカ。

 あまり変わりがなくて、わざわざあだ名にする意味がわからんな、と思いながら、五人でロビーのソファに座り、喫茶から持ってきてもらった珈琲を飲む。

 少し話した。

「ビックリしました~。
 僕の見合い相手、マチカさんだったんですねっ」

 記念に見合いすればよかった~、となんの記念なのか、そう言って、部長の息子、景太郎けいたろうは婚約者の女性に、こらっ、という顔をされていた。

「すみません、握手してください」
と景太郎は万千湖に握手をねだる。

 万千湖は、
「応援ありがとうございました」
と言って、その握手を受けていた。

 頭の中で、変な蛍光色のジャンパーを着た万千湖が街頭に立ち、握手をしていた。

 こいつは実は政治家だったのだろうか。

 ……変な法案とか通しそうだ、と思う駿佑の頭には、万千湖が芸能人という発想はまったくなかった。

「万千湖さんって、けいちゃんの部屋にある、グループのポスターの中のひと?」

 彼女が笑って、景太郎にそう訊いた。

 真面目な顔をして座っている駿佑の頭の中では、聞いたこともない政党のポスターに万千湖が収まっていた。

「マチカさんが一番可愛くて面白かったよっ」
と景太郎は主張する。

 おじさんとおじいさんの政治家ばかりのポスターの中で、万千湖ひとりが輝いていた。

 いや、顔で政治は行えないぞ、青年よ、と思ったとき、景太郎が言った。

「黒髪ロングでメガネかけてたのが、マチカさんだよ」

 黒髪ロングにメガネ……? と駿佑は万千湖を見る。

「あ~、メガネはキャラ付けでちょっと」
と恥ずかしそうに万千湖は言った。

「メガネっ子キャラでしたよね」
と言う景太郎は楽しそうだ。

 部長も納得したように頷く。

「ああ、あの景太郎の部屋のポスター、白雪くんもいたのかね」

 部長は人事の部長なので、万千湖が何者なのか知っていたようだった。

 あれっ? と万千湖の顔をマジマジと見て言う。

「マチカさん、カラコンですか?」

「ああ、はい、ちょっと……」
と万千湖は苦笑いした。

 ところで、さっきから離れた位置に立つ雁夜がずっとこっちを窺っているのが気になるのだが……。

 そう駿佑が思ったとき、景太郎が駿佑に向かって身を乗り出し、言う。

「すごいですね、アイドルと結婚だなんて」

「は? アイドル?」
と訊き返した駿佑は、一拍置いて万千湖をマジマジと見た。

 アイドル?

 ……アイドルとはなんだったろうか?
といつもぼんやりとしている、回転寿司屋の蛇口を家につけたい女を駿佑は見下ろした。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~ その後

菱沼あゆ
恋愛
その後のみんなの日記です。

ヤリたい男ヤラない女〜デキちゃった編

タニマリ
恋愛
野獣のような男と付き合い始めてから早5年。そんな彼からプロポーズをされ同棲生活を始めた。 私の仕事が忙しくて結婚式と入籍は保留になっていたのだが…… 予定にはなかった大問題が起こってしまった。 本作品はシリーズの第二弾の作品ですが、この作品だけでもお読み頂けます。 15分あれば読めると思います。 この作品の続編あります♪ 『ヤリたい男ヤラない女〜デキちゃった編』

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

OL 万千湖さんのささやかなる日常

菱沼あゆ
キャラ文芸
万千湖たちのその後のお話です。

Promise Ring

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
浅井夕海、OL。 下請け会社の社長、多賀谷さんを社長室に案内する際、ふたりっきりのエレベーターで突然、うなじにキスされました。 若くして独立し、業績も上々。 しかも独身でイケメン、そんな多賀谷社長が地味で無表情な私なんか相手にするはずなくて。 なのに次きたとき、やっぱりふたりっきりのエレベーターで……。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

処理中です...