上 下
40 / 125
ささやかなる弁当

来なさいよ、イケメン探しにっ

しおりを挟む
 
 お昼休みが終わる頃、出先で食事を済ませ、戻ってきた雁夜が給湯室に行くと、女子社員たちが話しているのが聞こえてきた。

「そうだ。
 最近、途中入社してきた白雪さんってさ」

 ん?
 マチカの話? と雁夜は乳酸菌サプリを手にしたまま足を止める。

「フィンランドに彼氏がいるらしいよ」

「えー、そうなんだー」

「それで、フィンランドの時間を知るために、腕時計をふたつつけてるんだって」

 実は、社食で話を聞きかじった人が、『フィンランド』と『好きなので』しか聞いていなかったのだ。

 万千湖が聞いていたら、
「それだと私の彼氏はムーミンになってしまいますっ」
と叫んでいたことだろう。

 すごいねーとなにがすごいのか、彼女らはひとしきり話し、出て行こうとした。

 雁夜に気づき、赤くなると、
「おっ、お疲れ様ですっ」
と頭を下げて去っていく。

 彼女たちを見送りながら、雁夜は少し考えた。

 サプリを飲んだあと、経理を覗いてみる。

 まだ昼休みは終わっていないのに、駿佑はもう仕事をはじめていた。

 じっと見ている自分に気づき、
「どうかしたのか?」
と訊いてくる。

「いや、お前、フィンランドに行ったのかと思って」
と突然言って、

 何故、フィンランドッ? という顔で見られてしまった。



 軽く化粧直しをした万千湖は瑠美たちに遅れてロッカールームを出た。

 鼻歌を歌いながら、廊下を歩いていると、スマホが鳴る。

 誰だろう。
 お母さんかな。

 でも、いきなり、土地が広がったから大丈夫よ、なんてないだろうしな。

 万千湖の頭の中で、地殻変動により、実家の土地が隆起したが、山のようになっただけだった。

 ますます家、建てられなくなったな……と平地でなくなった我が家を思い描きながら、万千湖は相手も確認せずに、はい、と出る。

「お疲れ。
 黒岩だが」

 ひっ、黒岩さんっ。

 噂をすれば影とはこのことか。

 いや、頭の中で思い出しただけなんだが。

 かけてきたのは、「太陽と海」のプロデューサーをやっていた黒岩だった。

 もう一緒に仕事をしているわけでもないのに、またなにか怒られるのではっ、と怯える。

「おはようございますっ。
 お疲れ様ですっ」
と言いながら、万千湖は慌ててロッカールームに引き返した。

 え? 今、昼だよ、という感じに、通りすがった綿貫が見ていたが、昔の癖だ。

 芸能界、いつでも、おはようございます、は都市伝説ではなかった。

「サヤカが活動再開したの知ってるか」

 唐突に黒岩はそう言ってきた。

「は、はい。
 この間、たまたま住宅展示場で会いまして」

「……住宅展示場? なにやってるんだ、お前は。
 風船でも配ってたのか」
と言われる。

 この人の頭の中では、私、うさぎの着ぐるみとかに入ってそうだな、と思いながら、万千湖は言った。

「いえいえ、家を見に行ったんです」

「なんでだ」

「……えーと。
 実家、建て替えるので」

 ほんとうはクレープにつられて行っただけだったんですが。
 1800万円の買い物をしてしまいましたよ。

 恐ろしいクレープだった……。

 タダより高いものはないというのは本当だ、と思う万千湖に、黒岩が訊く。

「実家?
 お前、今、OLになって一人暮らししてるんだろ?」

「はい。
 すべて黒岩さんのおかげです。
 ありがとうございます」

「いや、新田にったが知り合いの会社で中途採用の試験があると教えてくれただけだから」

 新田というのは、黒岩が喧嘩して飛び出した相手だ。

「お前は大学もそこそこのところを出てるし。
 俺は試験があることを教えただけだ。
 あとは自分の頑張りだろ」

 親に、いつまでアイドルで食べていけると思ってんの、とお尻を叩かれ、忙しい中、頑張って、それなりの大学を卒業したのは無駄ではなかったようだ。

「……でも、黒岩さんや新田さんに採用試験があることを教えていただけたから、試験受けられたわけですし」

 ほんとうにありがとうございました、と万千湖は見えていないだろうが、頭を下げる。

「まあ、確かに、縁って大事だよな。
 最近、しみじみそう思うよ」

 最初の頃に比べて、ちょっとだけ丸くなった気がしないでもないでもない黒岩がそんなことを言う。

 なんだかんだで、どうしているか心配になって、みんなのところにかけているのかもしれないなと思った。

「ありがとうございました、黒岩さん」

「マチカ……。
 いや、もう万千湖だったな。

 お前たちのおかげで俺も成長できた気がする。
 我慢と忍耐という言葉を覚えたよ」

 重ね重ね、どうもすみません、と思ったとき、バン、とロッカールームの扉が開いた。

「万千湖っ。
 まだここにいたのっ?

 いよいよ、第一日曜よっ。
 来なさいよ、イケメン探しにっ」

 あんたのなんだかわからないけど、ラッキーそうなところを私のために使うのよっ、と瑠美が言う。

「いやあのー、私、宝くじ外れたみたいなんで……」

 あんまりラッキーじゃないかもです、と言ったが、

「そうなのっ?
 じゃあ、運がまだ、あまってるじゃないっ。
 それを私のために使いなさいよっ」
と言ってくる。

 ……あなたの運は何処へ行ったのですか、と思っている間にいなくなった。

「楽しそうな職場だな……」
と黒岩が言う。

 ……はい、と言ったあと、もう一度礼を言って、万千湖は電話を切った。


しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~

菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。 だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。 蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。 実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。

というわけで、結婚してください!

菱沼あゆ
恋愛
 政略結婚で、挙式の最中、支倉鈴(はせくら すず)は、新郎、征(せい)そっくりの男に略奪される。  その男、清白尊(すずしろ みこと)は、征に復讐するために、鈴を連れ去ったというが――。 「可哀想だから、帰してやろうかと思ったのに。  じゃあ、最後まで付き合えよ」

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 令和のはじめ。  めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。  同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。  酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。  休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。  職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。  おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。  庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

【完結】陰陽師は神様のお気に入り

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
キャラ文芸
 平安の夜を騒がせる幽霊騒ぎ。陰陽師である真桜は、騒ぎの元凶を見極めようと夜の見回りに出る。式神を連れての夜歩きの果て、彼の目の前に現れたのは―――美人過ぎる神様だった。  非常識で自分勝手な神様と繰り広げる騒動が、次第に都を巻き込んでいく。 ※注意:キスシーン(触れる程度)あります。 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう ※「エブリスタ10/11新作セレクション」掲載作品

処理中です...