大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~

菱沼あゆ

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わたし、人の心が読めるんです

行正の心の声

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 行正は、ちんまり手を合わせる咲子を見ながら、

 阿呆なところのある嫁だが、こいつと一生を共にできそうでよかった、と思っていた。

 それにしても、こいつがほんとうにサトリでなくてよかった。

 俺がずっと心の中で叫んでいることが聞こえなくてよかった。

 恥ずかしいから……と思ったとき、咲子と視線が合った。

 ――お前が好きだ。
 大好きだ!

 何故か咲子は、ちょっと驚いたような顔をした。

 だが、すぐに、なにかを誤魔化すように笑う。

 その間抜けな顔を見ながら、咲子らしくて可愛いなと思った。

「行くか」
「はい」

 強引に手をつなぐというか、つかむと、咲子は恥ずかしそうに俯いたが、振りほどきはしなかった。

 伊藤家に待たせている馬車に向かい歩く。

「そろそろ籍を入れるか」
「えっ? 入れるんですかっ?」

「……嫌なのか。

 前、抹茶事件のとき、正式に妻となったら殺されるとか阿呆なことを言っていたが、それでか」

「いえ、普通に夫婦となると、緊張感がなくなる気がするじゃないですか。
 緊張感がなくなって、馴れ合うようになると、飽きられて捨てられると聞きました」

「……今度はどの雑誌だ?」

「雑誌じゃなくて、美世子さんですよ」

「お前、ロクな友だちいないな……」

「いや~、みなさん、いろいろ教えてくださる、いい方たちばっかりですよー」

「……ごちゃごちゃ言って、籍入れないのなら、はらませて捨てるぞ」

「あっ、やっぱりそう思ってるんじゃないですかっ。
 私、やっぱり、サトリだったんですよーっ」

 阿呆か、とまだ明るい空を見ながら、行正は呆れたように言う。

 ぎゅっと強く咲子の手を握ったまま歩いていった。

 

 その夜、寝室で、床に入る前、咲子は行正に言われた。

「お前がまた俺の心の声が聞こえたとか言って、莫迦なことを言い出さないように、一度だけ言ってやる。

 俺は、お前が好きだ。
 このまま一生を共にしたいと思っている」

「何故、棒読みなんですか……」

 そう咲子は言ったが、行正は無表情に、
「恥ずかしいからだ」
と言う。

 いや、だからですね。
 あなたのその表情に出ないっぷりが怖くって。

 この人、隙あらば、邪魔な私を斬り殺そうとしてるんじゃ?
 って、疑ってしまってたんですよっ。

 咲子はそう怯えていたが、行正はいつものように咲子の頬に触れ、口づけてくる。

 ぱっと離れて咲子は言った。

「なにか、こう……ドキドキします」

 キスするのは初めてではないのに、そんなことを言い出す咲子に行正が眉をひそめて問うてきた。

「……今までしてなかったのか」

「はい、怖くて」
 そう咲子は素直に認めた。

 行正が恐ろしくて、ときめくどころではなかったのだ。

「今更、そんなに緊張してどうする」
と行正に言われたが、咲子は俯き、真っ赤になって手を振る。

「でもあのっ。
 好きだとか言われたら、照れてしまってっ。

 緊張のあまり、なにもできそうにありませんっ」

「――待て。
 なにかするのは俺の方だ」

 ……そうでしたね、と思いながら、顔を上げて咲子は言う。

「私、もう人の心を読む力はいりません。
 あなたのすべてを信じます」

 そう見つめてみたが、行正は呆れたように言う。

「いや……、最初からないよな、それ」

「ですよね……」
と言った咲子に行正はちょっと笑ったあとで、口づけてきた。

 また聞こえるはずのない行正の心の声が聞こえてくる。
 

『お前が好きだ。
 大好きだ。

 お前を孕ませて――。

 お前と子どもたちと俺と。

 この先、なにが起こっても。

 戦争になっても。

 ずっと、みんなで共に暮らしていこう――』

 

 一九六四年、十月十日。

 今日は東京オリンピックの開会式を三条家のカラーテレビで見ようと、みんな集まっていた。

「酒屋は、まだ酒を持ってこないのか」
と三条家の当主となり、すっかり落ち着いた行正が咲子に訊く。

 へらっとした笑顔が相変わらずな妻、咲子は、
「あ、私見てきましょうか」
と美世子や文子たちと座っていたソファから立ち上がる。

 開会式はもうはじまっていた。

「奥様、私が行ってまいります」

 清六と結婚し、長年、夫婦ともに住み込みで働いてくれているユキ子が言うが。

 彼女は生まれたばかりの咲子たちの孫を抱いていたので、行正は、
「いや、俺がちょっと見てこよう」
と言って、外に出ようとした。

 だが、そんな行正の腕をつかみ、咲子は慌てて止める。

「あっ、そうだっ。
 待ってくださいっ。

 今、外に出ると大変なことがっ」

「なんだ、大変なことって?」
と振り返る行正に咲子は叫ぶ。

「今出ると、豆腐屋のおじいさんの孫がやっている、わらび餅屋にとり憑かれますっ」

 テレビから流れる大きなファンファーレの音に負けないみんなの笑い声が、三条家の居間に響いた――。



                       完

              
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感想 9

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みんなの感想(9件)

ふくまめ
2023.01.23 ふくまめ

舞台が現代でない作品は読むのが難しいかな?と思っていましたが、テンポよく読めました。
またお邪魔して読ませていただきます!

2023.01.23 菱沼あゆ

ふくまめさん、
ありがとうございますっ(⌒▽⌒)/
嬉しいですっ。

また頑張りますね~っ。

解除
萌那
2023.01.10 萌那

いいね!

2023.01.10 菱沼あゆ

茨姫さん、
ありがとうございます(⌒▽⌒)

解除
来
2023.01.04

良かった……
こう じんわりと
時代考証ギチギチ入れてなくて
とにかく 良かった
年に何回か読み直しに来たくなる
そんな作品です
ってことで また読みに参ります
m(_ _)m

2023.01.04 菱沼あゆ

来さん、
ありがとうございますっ(⌒▽⌒)

いやもう、ゆる~い感じの話ですみません(^^;

ありがとうございますっ。
嬉しいですっ。

また頑張りますね~っm(_ _)m

解除

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