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わたし、人の心が読めるんです

なにがはじまりなのか、検証してみよう

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 翌朝、行正は思っていた。

 それにしてもなぜこいつは自分に人の心が読めるだなんて思ったんだろう?
むしろ俺の方が、単純なこいつの心なら読めそうだが……。

 行正はじっと咲子を見つめてみた。

 咲子は食事の途中で箸を止め、うつむいている。

 きっとこうだな。

『昨夜は、行正さんのおかげで話が途中になってしまいました。
 まったく、どうしょうもない旦那さまです』

 まあ、そんな感じだろう、と思いながら、行正は咲子に訊いてみた。

「咲子、今、お前は何を考えてるんだ?」

 咲子は顔を上げ、言った。

「パーフーって、とうふー、なんですかね?」

 ……は? と行正は、らしくもなく間抜けな声を出しそうになる。

「いや、豆腐屋さんのラッパの音ですよ」
と咲子は言った。

「あのパーフーって音、とうふーって聞こえるから鳴らしてるんですかね?」

 俯いていた咲子は、目の前の冷奴ひややっこを見つめながら、そんなことを考えていたようだ。

「……豆腐屋に訊いてみろ」
と言ったあとで、行正は付け加える。

「十丁は買うなよ」

「五丁にしときます」

 咲子はそう頷いた。
 


 仕事に行く前、玄関先で見送る咲子に行正は言った。

「お前がどうして、そんなことを考えるようになったのか、検証してみよう」

 女中たちがいるので、はっきり口に出しては言わなかったが。

 咲子には、何故、咲子が人の心が読めると思い込んだのか、調べてみよう、という意味だとちゃんと伝わったようだった。

 咲子は、
「あ、ありがとうございますっ」
と感激したように言い、頬を赤らめる。

 ……ああ、可愛い。
 このままお前を眺めていたい。

 仕事に行きたくないが。
 お前のためにも働かねばな。

 そんなことを思いながら、行正は、なにひとつ表情には出さずに、
「行ってくる」
と言って出ていった。

 まだ見送っている咲子や女中たちを振り返る。

 ルイスだったら、ここで、口づけのひとつもしていくのだろうな。

 ……おのれ、ルイスッ、と、

「いや、なにがですかっ?
 どうしてですかっ?」
とルイスに叫ばれそうな勝手な恨みをぶつけながら、行正は仕事に向かった。

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