上 下
29 / 44
あなたのことだけわかりません

電話は二番

しおりを挟む
 
「お前たち、なにをしている」

 いきなり現れ、小声で厳しく問いただす行正に、ひっ、とルイスは固まった。

 さすが軍人さん、迫力あるな、と咲子は苦笑いする。

 一方、文子は、そんなに怯えてもいなかった。

「行正さんっ、お願いしますっ。
 止めないでくださいっ」

 ルイスに、うるうると子犬のようなで見られ、行正は、うっ、とつまる。

 ルイスの手は、文子の腕をしっかり握っているが、文子はちょっとぼんやりしているようにも見えた。

 ルイスは切々と行正に訴える。

「手助けしてくれとは言いません。
 見逃してください」

 なんだかんだで人のいい行正は、ルイスが可哀想になってきたらしく、

「……わかった」
と頷いた。

「なにか困ったことがあったら、うちに連絡を」
と行正は家の電話番号をルイスに告げていた。

 電話番号と言っても、のちのCMで、『電話は二番』と歌われていたように。
 この頃の電話番号はとても短かったので、口頭でも簡単に伝えられ、相手も覚えられた。

「わかりました。
 ありがとうございます」
とルイスは頷く。

「行きましょう、文子さんっ」

「えっ?
 あ、はい、そうですね、先生」

 ふたりは咲子と行正に礼を言い、そっと庭を出て行った。

「駆け落ちか……。
 まあ、考えてみれば、それも浪漫ろまんだな」

 浪漫とか言うのですね、あなたでも……、
と思う咲子は知らなかった。

 行正の妄想の中では、逃げていく若い二人の姿が、手に手をとって駆け落ちしていく自分と咲子、にすり替わっていたことを。

 いや、まったく逃げる必要などない二人なのだが――。

 庭で歓声が上がったと思ったら、さっきのシェフが外に出ていて、今度は外で炎のデザートを作っていた。

「……こういうパーティって、一度はじまったら、主役の一人や二人、いなくなっててもわからないものなんですね」

「食べに行くか、クレープ」

 そうですね、と笑い、咲子たちは炎が上がっているワゴンの方に向かい、歩いていった。
 


「私も炎の中で、クレープ焼いてみたいです」
と咲子が言い、

「……なんかクレープじゃなくて、お前が炎の中で焼かれながら、クレープ作っている感じだな」
と行正がボソリと呟いた次の日の夕食どき、ルイスから電話がかかってきた。

 二人は町の小さな教会にいると言う。

 急いで行ってみた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

思い出を売った女

志波 連
ライト文芸
結婚して三年、あれほど愛していると言っていた夫の浮気を知った裕子。 それでもいつかは戻って来ることを信じて耐えることを決意するも、浮気相手からの執拗な嫌がらせに心が折れてしまい、離婚届を置いて姿を消した。 浮気を後悔した孝志は裕子を探すが、痕跡さえ見つけられない。 浮気相手が妊娠し、子供のために再婚したが上手くいくはずもなかった。 全てに疲弊した孝志は故郷に戻る。 ある日、子供を連れて出掛けた海辺の公園でかつての妻に再会する。 あの頃のように明るい笑顔を浮かべる裕子に、孝志は二度目の一目惚れをした。 R15は保険です 他サイトでも公開しています 表紙は写真ACより引用しました

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~ その後

菱沼あゆ
恋愛
その後のみんなの日記です。

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

【完結】伯爵の愛は狂い咲く

白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。 実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。 だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。 仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ! そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。 両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。 「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、 その渦に巻き込んでいくのだった… アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。 異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点) 《完結しました》

諦めて溺愛されてください~皇帝陛下の湯たんぽ係やってます~

七瀬京
キャラ文芸
庶民中の庶民、王宮の洗濯係のリリアは、ある日皇帝陛下の『湯たんぽ』係に任命される。 冷酷無比極まりないと評判の皇帝陛下と毎晩同衾するだけの簡単なお仕事だが、皇帝陛下は妙にリリアを気に入ってしまい……??

極道に大切に飼われた、お姫様

真木
恋愛
珈涼は父の組のため、生粋の極道、月岡に大切に飼われるようにして暮らすことになる。憧れていた月岡に甲斐甲斐しく世話を焼かれるのも、教え込まれるように夜ごと結ばれるのも、珈涼はただ恐ろしくて殻にこもっていく。繊細で怖がりな少女と、愛情の伝え方が下手な極道の、すれ違いラブストーリー。

処理中です...