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あなたのことだけわかりません

女中ユキ子は見た……

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 気のせいかもしれませんが、行正さんの心の声は攻撃的なとき以外聞こえてこないような……。

 行正を見送りながら、咲子はそう思っていた。

 いやまあ、行正さんが私に対して、攻撃的なことしか考えていない可能性もあるのですが。

 でも、あんなに嫌っているのなら、一緒にいてくださらなくてもいいのにと、ときには思ってしまいます。

 そんなことを考えながら、咲子は行正に叩きつけられた婦人向け雑誌を手に取ってみた。

 身の上相談か。

 こんな投稿欄なんてあったのですね。

 美味しいものとか、お掃除のコツみたいなところしか見ていませんでした、と咲子は思う。

「いや、お前、掃除もしないのに、掃除のコツとか見て意味があるのか」
と突っ込まれそうだったが。

 行正が熟読していたらしい身の上相談のコーナーを探して、いろいろと見てみる。

 なにか皆様、いろいろと大変なんですね、というのが咲子の感想だった。

 庭師を雇おうとしただけで、斬り殺されそうになる環境も大概だと思うのだが。

 咲子は自分の大変さにはあまり気づいていなかった。



 咲子がグランドピアノがあるサンルームに移動して雑誌を読みふけっていたそのころ。

 咲子と年の近い女中、ユキ子は燭台の並ぶ長い廊下を歩きながら、鼻歌を歌っていた。

 ハツに、
「この間、荻原様が持ってらした洋菓子を庭にご用意したから、咲子さまをお呼びして」
と言われたからだ。

 ユキ子は愛らしい奥方様が薔薇の咲き乱れる庭園でお茶を飲む姿を見るのが好きだった。

 給仕している自分まで美しい西洋の絵画の世界に入り込めたようで。

 しかも、咲子はときに話し相手として、自分も一緒にお茶を飲むよう勧めてくれたりするのだ。

 咲子は、今日は緑の地にオレンジなどの大きな花柄の着物を着ていた。

 いつものように愛らしい。

 ……が、その愛らしい咲子は、何故か、日当たりのいいサンルームの隅にしゃがみ、真っ青な顔で雑誌を読んでいた。

「ど、どうされたんですか? 奥様」

「な、なんでもありません」
と言いながら、咲子は雑誌を伏せて立ち上がったが。

 何故か、その雑誌をまた手に取り、ちゃんと閉じて置き直す。

「あの、とても良いお天気ですよ。
 お庭でお茶などいかがでしょう?」

 様子のおかしい咲子を心配しながらユキ子は訊いた。

 いや、良い天気なのは、サンルームにいる咲子には言う必要のないことだったのだが……。

 やはり、少し動揺していたのかもしれない。

 そのくらい今の咲子の顔色はどす黒い。

「ありがとう」

 そう言って咲子は庭に通じる扉に行きかけたが、何故か戻って、もう一度、その本を手に取る。

 蓄音機の後ろに隠していた。

「あのー、奥様?
 どうかされたんですか?」

 さっき、行正さまに雑誌叩きつけられたからかな? とユキ子は思う。

 雑誌を全部隠そうとか。

 エサを隠そうとする小動物みたいに、物陰にせっせと雑誌を運ぶ咲子の姿が頭に浮かんだ。

 いや、そのわりに他の雑誌は投げ出されているんだが……。

 ――そういえば、まだ来てもいない庭師との不貞を疑われていたみたいだけど。

 行正さま、すごい妬きもち焼きだからな~。

 奥様はいまいちわかってらっしゃらないようだけど。

 可愛くて、使用人たちにもお優しい奥様だけど。

 お嬢様育ちなせいか。

 やはり、なにかがズレている、と感じることはあった。

 そこが……

 こう言っては失礼だが、見ていて面白いところではあるのだが。

 でもまあ、あの行正さまの態度は悪くない、とユキ子は思っていた。

 実際に、ああいう人が自分の夫だと大変だとは思うのだが。

 見ている分には、奥様が大好きなんだな、と感じられて微笑ましい。

 あれこそ、ラブ、というやつなのでしょうね、と思うユキ子は咲子とともに庭に出たが、咲子の表情はまだすぐれなかった。

「奥様、大丈夫ですか?」
と訊いたが。

 咲子はサンルームを振り返りながら、
「あのね」
と言いかけて、いや、やっぱりなんでもない、と言う。

 気持ちを切り替えるようにユキ子を見た咲子は、
「一緒にお茶しましょう? ユキ子さん」
と微笑みかけてきた。

 お美しく、お優しい奥様っ。

 何処までもついて行きますっ、と思いながら、ユキ子は、
「はいっ」
と元気に返事する。

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