大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~

菱沼あゆ

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蝋人形とお見合いしました

孕ませて捨てよう

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 そして、まったく、ほのぼのしないまま、親族へのお披露目が行われ、行正と同じ家に住む日がやってきた。

 身内よりもばあやが咲子がいなくなるのを悲しがり、咲子の手を温かい皺だらけの手で握って言う。

「いつでも、ばあやを呼んでくださいよ。
 ばあやは何処からでも咲子さまのところに駆けつけますからね」

 その後ろに立つ弥生子が言う。

「まあ、暇なときはいつでも呼びなさいよ。
 遊びに行くとき、あんたも入れてあげるから」

 真衣子が言う。

「美味しいものを見つけたときはいつでも呼んでよ。
 食べに行ってあげるから」

 なんだろう。
 ばあやの言葉が一番あったかい、と思いながら、咲子は迎えに来た行正に連れられ、あの屋敷に嫁入りした。



「お帰りなさいませ」

 屋敷に入ると、中はすでに美しく整えられていた。

 伊藤家が用意した家具も、お披露目ののち、収められている。

 仕事をてきぱきとこなす女中さんや下男の人たち。

 若い二人だけの住まいということで、三条の屋敷ほど人はいない。

 洋服や着物などは、すでに運んであったが、後から持ち込んだ荷物もあったので、それを片付けたり。

 料理人が作ってくれた美味しい食事を三食いただいたり。

 若い女中さんたちと楽しくこの辺りの美味しいお店の話などしているうちに夜になった。

 女中さんも料理人の人もほとんど通いなので、みんな帰ってしまい。

 一番年配の女中さんだけが、家の一角に寝泊まりするようで、

「では、なにかあったらお呼びください」
と言って去っていった。

 やれやれ。
 無事、お試し婚の一日目が終わったぞ。

「では、おやすみなさいませ」
と咲子は行正に頭を下げる。

 うん、と行正は頷いた。

 湯上がりには、弥生子に、
「今夜はこれを」
と渡された新品の寝巻きを羽織っていた。

 可愛らしい柄の浴衣だ。

 そのまま部屋着にできそうな感じの浴衣なので、行正の前で着ていても、別に恥ずかしくはない。

 咲子は寝室に行き、

 今日は大変だったけど。
 明日からは、ゆっくりできそう。

 そうだ。
 近いうちにお友だちを招いて……

 などと算段しながら、天蓋付きの大きな舶来物のダブルベッドを眺める。

 素敵。
 行正さんと暮らすのは緊張するけど。

 ここでの暮らしは悪くないな。

 西洋のお姫様みたい、と思いながら、ベッドに入った。

 おやすみなさい、と電気を消し、目を閉じると、なんだか実家にいる気がして、ちょっと家が恋しくなる。

 だが、目を開けたそこには、カーテン越しに月明かりを透かすにアーチ型の窓。

 ああ、私、結婚して家を出たんだなあ、と思ったそのとき、誰かが寝室に入ってきた。

 そのままベッドに入ってくる。

 誰ですかっ?

 そして、なにしに来ましたっ?
と咲子は思ってしまった。

 横を振り向くと、行正が半身起こして座っていた。

 思わず、思ったままを口にしてしまう。

「なにしに来ましたっ?」

「……なにしにって。
 結婚したんだ。

 とこを共にするのは当然だろう」

「でっ、でも、行正さんはっ。
 家にはあまり帰って来ずにっ」

 いや、今日、一日いたな。

「たくさんおめかけさんを作ってっ」

 今日結婚して、すぐにたくさんお妾さん無理か。

「私のところには来ないものだと思っていましたっ」

「……なにを言ってるんだ。
 そして、何処からお妾さんが湧いてきた」

 いや、そうなんですけどね、と思いながら、咲子は緊張して後退する。

 おおっとっ、とベッドから落ちかけた咲子の腰を行正が支えた。

 ひーっ。
 行正さんが私に触れてますっ、と固まる咲子に行正が訊いてくる。

「この屋敷は気に入ったか」
「は、はい」

「このベッドは気に入ったか」
「は、はい」

「使用人たちは気に入ったか」
「はい」

 行正はそこで沈黙した。

 咲子は行正の目を見てしまった。

 感情などないかのような行正の瞳は、つるんとしていて美しく、まるで本物の人形のようだった。

 だが、そこで、明らかに人形のものではない、熱く大きな行正の手に、ぐっと力が入った。

 強く腰を引き寄せられたとき、行正の心の声が聞こえてきた。

はらませて捨てよう』

 ひっ。

『とりあえず、伊藤家の娘に三条の子を産ませれば、俺は自由だ。
 孕ませたら、捨てよう』

 た、助けてっ、誰かっ。

 ばあやっ。

 披露の席に行く前に着飾った咲子を見て、立派におなりになって、と涙を流していたばあやの姿を浮かんだ。

 ばあやが心配したら申し訳ないから、ばあやには、この結婚への不満は言いづらいっ。

 助けて、お義母さまっ。

「ちゃんと初夜に私が選びに選んだ寝巻きを来てくれた?」
と眉をひそめる弥生子の顔が浮かんだ。

 駄目だ。
 絶対、助けてくれそうにないっ。

 文子さんっ。

「初夜ってどんな感じですの?」

 参考に、と紙とペンを手にした文子の姿が頭に浮かぶ。

 自分の結婚の参考にする気満々で助けてくれそうにないっ。

 美世子さんっ。

 ――が、一番、助けてくれそうだっ。

 邪魔しに来そうだからっ、とは咲子は思ったが、美世子がこんな夜中に訪れるはずもなく――。

「怯えるな。
 悪いようにはしない」
と、それは活動写真で、よく悪党が吐いている台詞ではっ?
というセリフを吐く行正に咲子は襲われた。

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