大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~

菱沼あゆ

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蝋人形とお見合いしました

この時代流行りのお試し婚なんですよ

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「ええーっ。
 三条家の行正様と結婚なさるのっ?」

 翌日女学校に行って、友人たちに見合いがどうだったか話していると、他の生徒たちも寄ってきた。

「あなたみたいなぼんやりした方が、三条家で務まるの?」

 などとズバリと言ってくる人もいたが。

「同じ公爵家でも、三条家は格が違いましてよ」

 そうなんですよね~。
 なんかもう、不安しかないんですけどね~。

「咲子サン、三条サンのおうちにお嫁に行かれるのですか?
 グレートですね~っ」

 金髪碧眼で麗しい顔をした英語教師、ルイスが割り込んできた。

 異国の人だし、行正さんと同じくらいの長身なのに。

 この先生の方が行正さんより怖くないな、と咲子は苦笑いする。

「はあ、でもまあ、行正さんのお母様が今風な方なので。

 うちに嫁入りしたからには、嫁としてバリバリ鍛えますっ、て感じでもないんですよね。

 そもそも、お義母さま自体が、お姑さんから逃げ回ってたらしくて」

 そんな静女の様子が想像できて笑ってしまう。

「最初は夫婦二人だけで、ゆっくり暮らしなさいって言われました」

 でも、私は、あの蝋人形な行正さんと二人で暮らすくらいなら、お義母さまたちと暮らしたいんですけどね、と咲子は思っていた。

「静女サン、そんな感じね。
 奥様方のサロンに招かれたとき、何度かお話ししましたよ。

 静女さんは、子どもの頃から、西洋的なモノに囲まれて育ったらしくて。
 私には、すごく話しやすい人です」

 ルイスは美しい静女の顔を思い出しているかのような表情で、頷いて言う。

「なにそれ」
とさっきから微妙に嫌味を言ってくるクラスメイト、荻原美世子おぎわら みよこが仁王立ちになって言う。

「行正さまとあなたが結婚だなんて。
 しかも、お姑さんやしきたりに振り回されることなく、二人だけで暮らすとかっ。

 なんで、あなたにばっかり、そんな幸運が訪れるのよっ。
 あなたがなんのいいことをしたって言うのっ?」

 ……なんのいいこと?

 いやまあ、この縁談が幸運かどうかはともかくとして。

 いいことねえ、と咲子はしばし考える。

「あっ、そういえば、私、学校来るとき、いつも通り道にある小さな祠に手を合わせていますね」

 伊藤家は女学校のすぐ近くなので、咲子はいつも、ばあやと歩いて学校まで通っていた。

「その祠の場所を教えなさいよっ」

 えっ?
 でも、あの祠、確か私、ばあやに言われて、

 家内安全
 健康第一
と拝んでいるだけなので、縁談とは関係ない気がするのですが……と咲子が思ったとき。

 静かに横に立っていた、おさげ髪に大きな紺のリボンをつけた少女が小首を傾げながら語り出した。

 咲子と仲のいい浅野家の令嬢、文子ふみこだ。

「あのー、でも、そもそも美世子さんは、嫁ぎ先がすでにお決まりなのでは?」

「そうよっ。
 もう決まってるわよっ。

 我が家にふさわしい資産家の三男とっ。

 三男でも充分資産を持っていて、長男ほどお姑さんがうるさくなさそうで、身長も顔もまあまあ。

 これでいいと思っていたのにっ。

 なんで、嫁入り先を探すのにそう熱心でもなさそうだったあんたがいきなり、行正さまなのっ?

 行正さまなんて、雲の上のかただと思ってたのにっ」

 あなたより、私の方が行正様にふさわしいわっ、と叫び出す美世子に文子が言う。

「えっ? そうですか?
 咲子さんも美世子さんも、おうちもいいし、お美しいですが。

 三条家に嫁がれるには、美世子さんは少々派手すぎなように感じます」

 うっ、と美世子がつまる。

「あと、美世子さんは少々、落ち着きがないような気がします」

 ぐっ、と反論しかけた美世子が黙った。

「それに、よい縁談を求めて積極的に動かれるのはよいのですが。

 あちこち、いろんなところをいろんな男性と出歩いてらっしゃるのはいかがなものかと。

 それから――」

「うるさいわねっ。
 もういいわよっ」

 感情的になるでもなく、見たまま思ったままを淡々と伝えてくる文子が美世子は苦手なようだった。

 強引に話を終わらせようとした美世子だったが、ふと不安になったように訊く。

「それにしても、なんであんた、そんなに知ってるのよ。
 人目につく場所には行ってなかったはずなのに」

「たまたま見てしまうんです。
 私は目立たないので、美世子さんは私に、いつも気づかれてはいないのですが」

「あんた、怖いわ……。
 得体の知れない咲子より、なんか怖いわ」

 いや、私の何処が得体が知れないのですか。

 人の心がちょっと読めるところですか。

 でも、あなたに関しては、別に読まなくても、全部口から出て丸わかりなのですが。

 いつも嫌味を言ってはくるが、裏表のない美世子のことを咲子はそう嫌いではなかった。

 ふん、と鼻を鳴らして、美世子は咲子に言う。

「ともかく、あなたに行正さまはふさわしくないわ。
 早々に三条家を叩き出されないようにねっ。

 それから、帰りに祠の場所教えなさいよっ」

「……あ、えーと。
 じゃあ、一緒に帰りましょうか」
と咲子が言うと、

「約束よっ」
と怒ったように言い、美世子は行ってしまった。

 あのー、でも、美世子さん。
 叩き出されるもなにも。

 実は、我々の結婚は、籍を入れないままのお試し婚なのですが――。

 姑が嫁を追い出してしまうことが多かった明治。

 簡単に叩き出せないよう、法律を厳しくしてしまったせいで。

 まず、籍を入れずに結婚させる、お試し婚が増えてしまった。

 お試し婚で嫁にふさわしくないと判断されたら、その婚姻は解消されてしまう。

 この、嫁にとっては不利とも言えるお試し婚は、大正になっても、まだ横行していた。

 だが、まあ、今回はそういうのでなく。

「お互い、一緒にいてこれは無理だな、と思ったら、やめればいいじゃない」
という静女の軽い提案からはじまったことだった。

 庶民が結婚するのとは訳が違う。

 家と家との大問題になってしまうので、そうそう別れはしないだろうという考えからか。

 行正の父も、咲子の両親も、あっさりその提案を受け入れた。

 ほんとうに、しないですかね? 離婚。

 行正さん、容赦無くしそうですよ。

 なんか跡継ぎさえ手に入れば、嫁はどうでもいいって顔してますよ、と咲子は怯える。

 まんまと跡継ぎ候補の子どもたちを二、三人手に入れたあと、さっさと咲子を離縁する鬼のような……

 いや、この人、ずっと無表情なだけなんだが。

 顔が端正なだけに無表情になられると怖い。

 まあ、ともかく、そんな顔で自分を見下すように見る行正の姿が浮かんだ。

 私……人の心が読めるだけじゃなくて、未来まで見えたのでしょうか、と咲子は不安になる。

 自分が叩き出されるその光景が、死ぬほどリアルに思い浮かんだからだ。

 もはや、それが確定している自分の未来のように感じてしまう。

 青ざめている咲子の顔を見て、ルイスが、
「まあ、咲子サン、セイゼイ頑張って」
と笑顔で言ってくる。

 精々頑張って、というのはこの時代、必ずしも悪い意味ではなかったのだが。

 でもなんか、自分に自信がないせいか、嫌味のように感じますよ~、と思いながら、咲子はぼんやり授業を終えた。


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