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蝋人形とお見合いしました
ふつつかなサトリですが……
しおりを挟む今日は私のお見合いだ。
でも、見合い相手の軍人さんが顔が整いすぎてて怖い。
視線が動かなくて怖い。
何故か軍人の正装で来たので、腰に下げているサーベルが怖い!
って言うか、なにもかも怖い!
これ、人形なのではっ?
西洋で流行っているとかいう蝋人形なのではっ?
伊藤咲子は、
「三条様のご子息とのお見合いよ。
失礼のないようにしないと。
あ、これがいいんじゃない?
咲子もこれがいいでしょう?」
と継母に勝手に決められた着物を着て、自分こそが人形のように固まっていた。
「まだ時間がある。
新しく仕立てたらいいんじゃないのか?」
という父親に、継母、弥生子は激しく反対した。
「そんなことする必要ないわよ。
あるものでいいじゃない。
ねえ、咲子」
弥生子にそう言われると、……はい、そうですね、ということしかできない。
「あらあら、二人とも緊張なさって」
と品の良いおばさまが微笑む。
若い人たちの縁談を取り持つのが趣味、という三条行正の上官の夫人だ。
「これからご夫婦になるのですから。
そんなに硬くならずに」
もう結婚すること確定ですかっ!?
「行正さん、あなた、なにか咲子さんに質問でもなさってみたら?」
さっきから瞬きもしてないんじゃないかという感じに咲子を見たまま動かなかった三条行正が、よく通る声で言う。
「訊くことを思いつきません。
あなたからどうぞ」
しゃべった!
生きてたっ!
咲子は夫になるかもしれない男の整いすぎた顔を見ながら、そんなことを思う。
……でもまあ、しゃべらなくても私には、人の心が読めるのだけど。
まあ、ちょっとだけだけど、と思ったとき、仲人のおばさんが言った。
「では、咲子さん、行正さんになにか訊きたいことはない?
これからの結婚生活について、いろいろと不安もあるでしょう?」
不安だらけですよ、とぎゅっと咲子はテーブルの下の見えない場所で拳を作った。
咲子は三条行正の冷徹そうな顔を見つめてみた。
――上官の頼みで仕方なく来たが、めんどくさいな。
そう彼の心の声が聞こえたとき、つい、視線をそらしていた。
溜息をつかれる。
だが、怖い物見たさか、咲子はまた、チラと行正の顔を見てしまう。
――しかも、なんだ、この着物ばかり立派な冴えない娘は。
こ、この着物はですね。
お義母さまがご用意くださった気合いの入った着物なのですよ。
私の趣味ではございません、と咲子は心の中で弁解する。
赤と黒の派手な柄で、細かい職人芸の活きたこの着物は、お義母さまの趣味です。
お美しいお義母さまならば、よくお似合いになるのでしょうが。
私のような地味な女には似合いません。
でも、お義母さまが私のハレの日のためにと、わざわざ作っておいてくださったものですからね、と咲子は苦笑いする。
まるで、元からあったもののように弥生子は言っていたが。
実はこの着物は、弥生子が馴染みの職人に頼んで、咲子のために作っておいたものだった。
心を読んで知ったわけではない。
気のいい、じいさんの職人が、ぺらっと咲子にしゃべってしまったのだ。
わざわざ義理の娘のために、そこまでしたということを人に見せるのをこの義母は嫌がる。
咲子は思っていた。
その高飛車な態度と切って捨てるような口調と美貌から誤解されがちだが。
お義母さまは実は心根の優しい人なのだ。
でも、何故かそれを人に見せることが自分の弱みになる、と思っていらっしゃる――。
だから、咲子もこの着物については知らないフリをしていた。
ただ、この着物を出してきた弥生子に、
「……ありがとうございます、お義母さま」
と感謝を込めて、深々頭を下げてしまったので、勘づかれているかもしれないが。
弥生子は、
「適当に選んだだけだから、礼を言われるほどのことではないわ」
と咲子とは視線を合わせず、ふい、と顔をそらしてしまった。
「ああ、あなたがお嫁に行くと、せいせいするわ。
この家、広く使えるし」
お義母さまが私と妹の真衣子が順番を争わず、練習できるよう、舶来物のグランドピアノを取り寄せて、それぞれに、それ用の部屋を与えたり。
それぞれに衣裳部屋を与えたり、舞踊用の部屋を与えたりするからですよ……。
「真衣子より賢く綺麗なあなたがいなくなったら、真衣子にもいい縁談が来るかもしれないし」
お義母さま、真衣子は西洋風の顔立ちで、目を見張るほど、愛らしいですよ。
「……お義母さま、お義母さまと女学校から帰ってくるたび、私につきまとって、学校の話を聞かせるあなたがいなくなったら、もう鬱陶しくないし」
せいせいするわっ、とちょっぴり涙ぐんだお義母さまのためにも幸せにならねばと思うのですが。
この蝋人形のような軍人さんと幸せになれる未来が見えてこないのですが――。
それにしても、お義母さまのああいうお可愛らしい性格。
なんと表現したらいいのやら、と思う咲子は未来に誕生する言葉。
『ツンデレ』をまだ知らなかった。
行正は冷ややかに自分を見ている。
うう。
着物の中にすぽっと潜って隠れてしまいたい。
咲子の頭の中で、向かい合って座っている自分の首がなくなり、カッチリと着込んでいる立派な着物だけが正座していて、ぎゃっと行正が叫んでいた。
……ぎゃっ、とか言わないか、この人。
立派な帝国軍人様だもんな。
沈黙が続いているところに、厳しい顔をした彼の上官が戻ってきた。
「行正くん、どうだね?」
行正は顔を上げ、上官を見ると、
「はい。
このお嬢さんで結構です。
よろしくお願い致します」
と言った。
なにをよろしく⁉︎
と思ってしまったが。
結婚を承諾されたようだった。
だが、美しい彼の顔を見ると、ハッキリと。
ここで断ると、のちのち出世に響くからな、と書かれていた。
もはや、心の声を読むまでもない。
女学校のみんなの嫁入り先はもう決まっている。
これ以上、相手を決めずに父親をイライラさせても仕方がない。
「結婚してからの方が自由でいいわよ。
嫁入り前の娘がって親に厳しく言われたり、見張られたりなんてこともないしさ」
と従姉のたかちゃんも言っていたことだし。
愛など何処にもなさそうだが。
もらっていただけると言うのなら、もらっていただこう、この蝋人形さまに――。
ふつつかな娘ですが、と自分で思いながら、
「よろしくお願いいたします」
と咲子は頭を下げた。
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