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箱から出てこない箱入り娘
大崎って名前、どこかで訊いたな
しおりを挟むあまりはロッカールームからすぐに出て来た。
偉く早く切ったな、と成田が思い見ると、あまりは、なんだか、しょんぼりしていた。
ど、どうした、あまりっ!?
「……おにいちゃんからでした」
あまりはこの世の終わりのような声で言う。
「なにか良くない電話か?」
その様子に成田が訊くと、
「いえ、台湾の土産はなにがいい? とかいう、しょうもない電話でした」
と答えてくる。
「おにいさん、台湾に居るのか?」
「今、出張で。
上司に怒られながら、呑気に船で出かけました。
台湾は近いからいいけど、お前、出張先がヨーロッパでも船で行く気かと言われたようなんですが」
「ちょっとしたバカンスだね……」
おにいちゃん、動き回れない飛行機が苦手なんで、とあまりは言う。
しかし、上司がいるのか。
南条の跡取り息子だからって、ふんぞり返ってるわけじゃないんだな、と見たことも会ったこともないあまりの兄に好感を抱いた。
……まあ、海里も頑張っているのは知っているんだが。
なんかあいつ、顔が偉そうだからな、と思う。
「で、お土産、なにを頼んだの?」
「茶器を頼みました。
おにいちゃん、ああ見えてセンスいいので」
いや、しょうもない電話だとか言っていたわりには、ちゃっかり頼んでるね、と笑う。
まあ、こんな妹なら、喜んでいろいろ買ってあげたくなるかな、と思った。
おにいちゃん、とか言って甘えてきてくれそうだし。
と、妄想に浸っている間に、あまりはスープを全部平らげていた。
「ご馳走さまでした」
と手を合わせ、洗いに行こうとする。
「パンはいいのか?」
「はい。
食欲なくて」
なんで食欲ないんだろうな、と心配になっていると、あまりが足を止め、訊いてきた。
「あの、成田さん、大崎さんってご存知ですか?」
「大崎?」
「海里さんのお友だちらしいんですけど」
「いや……知らないが。
大学時代の友だちとか?」
「よくわからないんですけど。
大人女子向けのセレクトショップの店長さんなんですが。
かなりお親しい感じで」
とあまりは曖昧に言葉を濁す。
「じゃあ、知らないよ。
女子向けの店の店長なんて、縁がない……」
そう言いかけると、ますますあまりはしょんぼりとした。
普通の男は、そういう店の店員とはあまり接点がないと知らされて、ショックだったようだ。
「あー、ほら。
あれかもよ。
海里がお母さんやお姉さんなんかと行って知り合ったのかもよ」
それはそれで、そこから関係が発展したとか思ったら、まずいか。
って、なんで僕があいつのフォローを入れてやらにゃならんのだ、と思ったが。
あまりの元気のない姿は見たくなかった。
「海里さん、お姉さんがいらっしゃるんですか?」
「ああ、麻理子さんって言って、すごく目立つ美人だよ。
海里とは、また顔の感じが違うけど。
結婚してイギリスを離れてたはずだけど、たまに来てたかな」
そう話していて、ん? と思う。
いや、聞いたな、大崎って、と思ったのだ。
「……大崎、大崎」
と口の中で呟く。
「あ、大崎っ」
と叫ぶと声が大き過ぎて、あまりが、ビクッとしてしまう。
「思い出した。
大崎って、麻理子さんだよ。
確か、結婚して、大崎麻理子になってたよ」
「えっ、じゃあ、大崎さんって」
「海里の親戚だろ」
そう言うと、あまりは、ほっとした顔をしていた。
いや、待て。
親戚だからって、義兄の家族なら、海里とは血のつながりはないぞ、と思ったのだが、とりあえず、赤の他人でない、というだけで、少し気が晴れたようだった。
っていうか、お前、やっぱり海里が好きなのか? あまり、と心の中で問いかけていると、また、あまりのスマホが鳴り出した。
まだテーブルに置いていたあまりはそれを取り、
「だから茶器だってば、おにいちゃんに任せ……
……海里さん?」
と言っていた。
途端に表情が明るくなる。
そうか。
さっき、海里からかと思って電話に出たら、兄貴だったから、しょんぼりしてたんだな、と気がついた。
なんなんだ。
ラブラブじゃないか、いつの間に、と思う。
「海里さん、あの、大崎さんって、海里さんのご親戚ですか?」
唐突にそんなこと言い出したあまりに、はあ? という海里の声が此処まで聞こえてきた。
「あっ、そうなんですか。
いえ、なんでもないです」
と言うあまりの表情は明るい。
……元気のないあまりは見たくないと思っていたが、他の男のお陰で元気になるあまりも見たくなかったかな、と思ってしまう。
大崎が何者だか知らないが、海里はあまりにメロメロだろ。
なにも心配しなくていいと思うが、と思ったが、もちろん教えてはやらなかった。
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