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派遣秘書のとんでもない日常

ファミ……

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 ……なにやってるんだろう、この人。

 藪から出て来てもいない蛇を斬り殺してるように見えるんだが、気のせいだろうか。

 予約していたパンを買いがてら、心配して覗きに来た桜田は、遠くからあまりを眺めていた。

 自分をいびり倒していた草野が、
「あの、まだ売ってないんだけど……」
と力なく呟くように言っている。

 しばらく支社長のことで揉めていたようだが、そのうち、草野が、

「そういえば、秋月。

 あんたのとこに居るわよね。
 気をつけなさいよ、あのオバさん」
と嫌そうに言い出した。

「ええっ?
 なに言ってるんですかっ。

 秋月さんは良い方ですよ。
 今日は新緑切ってくれたんですっ」

「……あんた、なに言ってんの?
 っていうか、あんた、とらやの羊羹好きなの?

 切って配るの、めんどくさいから余ってるわよ、うち」

 取りに来なさいよ、腐ったら、もったいないから、と草野が言っている。

「えっ。
 ありがとうございますっ」
と喜んだあまりは、

「じゃあ、あとで、珈琲お淹れしますよ。
 マスター直伝の成田さんから直伝された淹れ方でっ」
と言って、

「……だから、結局、それ、誰の淹れ方なのよ」
とまた言われていた。




「あ、ファミ……桜田さーん」

 あまりはそっと角から覗いている桜田を見つけ、手を振った。

 ひっ、と桜田が身をすくめたのが見える。

 本当に控えめな人だなあ、と思っていると、
「桜田?」
とみんなが威嚇するように振り向いていた。

 怯えて、桜田はカメが甲羅に引っ込むように顔を引っ込めてしまった。

 草野が睨むようにそちらを見ながら、
「そういえば、桜田も秘書だったわね。
 たいして仕事出来もしないのに。

 おとなしそうだから、ちょうどいいと思われたのかしらね」
と言ってくる。

「いやあ、仕事は出来ると思いますよ。
 口も堅そうですし。

 それに、とても良い方だと思いますよ」

 そう言うと、腰に手をやり、こちらを見た草野が、
「秋月も桜田も良い方、ね」
となにかを含むように言ってきた。

「良い方ですよ?」
と繰り返し、その事実を肯定すると、草野は鼻で笑い、

「じゃあ、この会社に悪い人は居ないわけ?」
と訊いてくる。

 その顔を見たまま、沈黙すると、草野が、
「……私!?」
と言ってきた。

「あー、いやいやいや。
 なにも言ってないじゃないですか」

 ちょっと考え事してたんで、と弁明する。

 いや、実際のところ、総務の連中に気をつけろと言われた原因はこの人たちかなあ、とは思っていたのだが。

 今のところ被害をこうむってはいないので、自分の立場からは、悪い人とは言えないような、と思っていたのだ。

 ……羊羹くれるらしいし。

 話をまとめるように、
「いやまあ、社内で悪い人と言えば、支社長くらいのもんですよ」
と言って、草野に、

「……だから、あんた、支社長になにされたのよ」
と言われてしまった。

 そのあと、草野は、いきなり、後ろを向いて叫び出した。

「桜田っ、パン買いに来たんじゃないのっ?
 早く来ないとなくなるわよーっ」

 はっ、はいっ、と桜田は顔だけ出して、何度も頷く。

「あー、なんかイラッと来るのよ。
 ああいうビクビクした態度を見るとっ」
と草野は両の腰に手をやり、仁王立ちで言っていた。

 悪い人、というより、気の短い人かな? とちょっと思った。


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