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派遣秘書のとんでもない日常

嵐を呼ぶ出張販売

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 お昼休み、あまりはまた総務の前で、パンと珈琲を売っていた。

「美味しさで固まるカフェ、ゴルゴン。
 二週間限定、出張店舗でーす」

 昨日は即行売り切れてしまったが、今日は、総務以外のお客様もたくさん来ていた。

 へー、とみんな物珍しげに覗いていく。

「あの店のよね。
 もうベーグルないの?」
と女性社員に訊かれた。

「あー、さっき売り切れちゃったんですよー。
 全部マスターの手作りなので、あんまり量、作れなくて」

「あそこで手作りしてるの?
 美味しいわよね」
と言いながら、他のパンを買ってくれた。

 もちろん、珈琲もつけて。

 他の人が、
「そうなんだ?
 あのイケメンの甥御さんは、パン、焼かないの?」
と訊いてくる。

 さすが近いだけあり、店のことも、よくご存知のようだ。

 そういえば、短いバイト期間でも、見た顔が結構居るような気がする。

 商品の数が随分減った頃、総務で見た気がするお姉様方がやってきた。

「あら、もう、これだけしかないの?」

「もうこれだけしかないんですよー」
と言うと、ふーん、と言ったあとで、パンを見ながら、

「貴女さあ、此処で昼にパン売る以外は、お茶をいれるだけなんですって?
 なんで、わざわざ、うちの会社に雇われてんの?」
と訊いてくる。

 ありゃ?
 じわっとやな感じで来ましたね、とあまりは思った。

『あまりさん、その薮はつつかないでくださいっ』
と言う桜田ファミ子の囁きが耳許で聞こえた気がした。

「えーと。
 お茶いれるのは、販売のついでじゃないですか?

 支社長がうちのお店の味を気に入ってくださってるみたいなので。

 あの、うちの成田さんって従業員ご存知ですか?」

 あ、ああ……あのイケメンの、と主に突っかかってくるお姉様の一人が言う。

 IDカードには草野くさのと書いてあった。

 スーツは総務らしく落ち着いた色合いだったが、化粧は派手めな感じだ。

「成田さんと支社長、仲良しなんで」

 誰がだーっ、と叫ぶ成田の声が聞こえた気がしたが、とりあえず無視して、弁明する。

「その関係だと思うんですが、成田さんはお忙しいので、私が替わりに」

「あら、そうなの。
 成田さんの方がよかったのに。

 今日はもう帰っちゃったの?」

「はい。
 でも、成田さんはいつもお店にいらっしゃるので、いつでもどうぞ。

 他にも、田村さんとか、イケメンの店員さんがいらっしゃいますし。
 夜はお酒も出してますよー」
と笑顔で言うと、

「……あんた、商売上手ね」
と草野が言ってくる。

「ところで、あんた、支社長にお茶運んでるみたいだけど。
 支社長とは、元から面識とかあったの?」

 上目遣いに見ながら訊いてくる草野に、はい、と言ったあとで、あまりは声を落とし、問うてみた。

「あの、もしや、草野さん、支社長に気がおありとか?」

 だが、草野は、莫迦ね、と言う。

「気があるとかじゃないわよ。
 所詮、雲の上の人だしね」

「そうですか?
 意外と庶民的なところもありますよ。

 突然、ショボいこと言い出したりもしますしね」

「あんた、支社長に向かって、なに言ってんの……?」

「さては、此処に居らっしゃる皆さんは、支社長に気がおありなので。
 お茶を運んでいる私が気に食わなくて、喧嘩を売って来られたのですね」

「あの、まだ売ってないんだけど……」

 これから売るところだったらしい。

 買うのが早過ぎたようだ。

 でも、よくわかりました、とあまりは頷く。

「支社長は、やはりモテモテの悪い奴なんですね。
 女性の敵です」
と言い切ると、草野が、

「いや、ちょっと。
 勝手にわからないで」
と言ってきた。

「支社長、確かにモテるけど。
 社内の子に手を出したとかも聞かないんだけど」

 悪い人じゃないんじゃない? と草野は海里をかばい出した。

「いやでも、あの顔ですよ。
 陰で悪いことしてるに違いないです。

 イケメンと言えば、妹の私が言うのもなんなんですが。
 うちのおにいちゃんとか、結構なイケメンなんですけど。

 爽やかな笑顔で、あいつ、悪ですよ、悪っ」

「いや……、あんたのおにいちゃん、知らないから」

 唐突に出てきた、あまりの兄の話に、草野は困ったように言ってくる。

「支社長だってそうですよ。
 顔が良くて、権力もあって、仕事も出来て。

 高飛車で偉そうだけど、ちょっと憎めないところもあるなんてっ。

 側に居て、好きにならないわけないですからっ。

 きっと、モテモテで、みんなを困らせてる悪い奴なんですよーっ!」
と今まで心の中に巣食っていた不審感を吐き出すように主張すると、草野が、

「……いや。
 あんたそれ、支社長のこと好きなんじゃないの?」
と言ってきた。


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