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派遣秘書のとんでもない日常
恋をはじめたいわけではないのだが
しおりを挟む秋月は、なおも訴えてくる。
「昔は今より女は大変だったんですよー。
本社の総務に居たときも、秘書に移動になってからも。
お前のメインの仕事はお茶汲みだ、みたいな感じで。
ありがとうございます、支社長。
普段、この若造が、とか思っててすみません」
おい……。
そこで、あまりがぽつりと呟いた。
「私は嫌いじゃないですけどね、お茶いれてあげるの。
皆さん、ほっと一息つかれたときって、どんな人でも笑うじゃないですか。
うちの父親、たまに会社の人を家に呼ぶんですけど。
一段落して、父親が席を立ったとき、母に言われて、お茶を持って行くと、ありがとうって、どなたでも微笑まれるんですよ」
いや、それは、鬼のような社長にどやしつけられたあと、可愛らしい娘にお茶を持ってこられたら、誰でも笑うと思うが。
……俺でも笑うぞ。
そういう出会いの方がよかったな、とちょっと思ってしまった。
その方が恋が始まりそうだ。
いやいや、始まりたいわけではないのだが……。
「でも、忙しいときには、お茶なんていれてられないっていうのはわかります。
だから、この二週間の間だけですが、いつでも私におっしゃってくださいね。
あ、そうだ。
総務もお忙しそうでしたね。
なんでしたら、総務のお茶もいれてさしあげても……」
と言いかけるあまりに、珍しく秋月よりも強く桜田が、やらなくていい、やらなくていい、と手を振る。
秋月が、
「自ら、薮をつつく必要はないわよ。
あっちは人数居るんだから、自分たちでうまく回すわよ」
と言っていた。
「はあ、薮ですか……」
あまりがよくわかっていないように呟き、そこから、また、普通の話に戻っていた。
寺坂が、土木工事をしていた時代の、それはヤバイだろ、という工事現場の笑い話をし、みんなを盛り上げる。
それを聞きながら、横のあまりに、今かな? と思い、問うてみた。
「お前、なんで、俺との見合いを断った?」
ええっ? 今、訊きます? という顔であまりが振り向く。
あまりは、一瞬、沈黙したあとで、他所を向き言ってきた。
「いっ、今は言えません」
「……じゃあ、いつなら言えるんだ」
あまりはこちらを見ないまま、
「えーとその……。
今は、ちょっと近過ぎるので」
とよくわからないことを言う。
そういえば、あまりと自分との距離は、肩先が触れるくらい近かった。
「いや、言え」
あまりはこちらを振り向き、追いつめられたような顔をしたあとで、
「わ、訳は、その……
お、おにいちゃんに訊いてくださいっ」
と言って、席を立ち、桜田の横に座り直す。
「待て、こら。
お前のおにいちゃんを知らないぞ」
と言いながら、また側に行って座ると、逃げたあまりは、今度は成田の側に座っていた。
そこはやめろーっ、と思っていると、酔っている秋月が、
「なにそれ?
椅子とりゲーム?」
と笑っていた。
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