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派遣秘書のとんでもない日常
無礼講という言葉には騙されません
しおりを挟む「あらあら、可愛いとこあるじゃないの、支社長」
と小声で秋月が言ってきた。
一人、席から動かなかった成田は面白くもなく、並んで座るあまりと海里を眺めていた。
海里は、海里さん、とあまりが呼んだだけで、ふてくれさるのをやめ、いそいそと戻って来て。
しかも、何処か遠慮がちに、あまりの隣りに座っている。
……こいつ、もしかして、あまりのこと、本気なのか?
こんな海里は初めて見た、と思う。
常に傲岸不遜な奴なのに。
「お似合いですよねー」
とあまりに見せられたメニューをわざとか仏頂面で眺めている海里を見ながら桜田が呟く。
「そうですね。
なんで、お見合い断っちゃったんでしょうね、あまりさん」
寺坂までみんなにつられて、あまりさんになっていた。
断った理由ねえ。
「……死ぬ程しょうもない理由な気がするよ」
酒を呑みながら、成田は、ひとり呟いた。
なんせ、あまりだからな、と。
あまりが広げてくれたメニューを仏頂面で眺めながら、海里は全然違うことを考えていた。
せっかく寛いでいるところに、上役の自分が来るなんて良くないとわかってはいるんだが。
成田まで来ているというので、結局、気になって来てしまった。
いやいや、あまりが好きだからとか言うのではないのだが……。
俺との見合いを断りやがった、こんな女。
しかも、する前に断るってどういうことだ。
親父め、どんな写真を見せたんだ、と思っていると、
「決まりました?」
とあまりが訊いてくる。
初めて会ったときは、こちらの顔を見ただけで強張っていたあまりだが、今は少し、打ち解けてくれているようにも思える。
というか、遠慮会釈なく物を言ってきている気が。
適当に酒を頼み、みんなで呑んでいると、
……俺が居ると緊張するとか言っていなかっただろうか?
すでに酔っているところに乱入したせいか。
みんな自分が居ても、かまわず弾けているようだった。
寺坂に至っては、泣き上戸で、
「すみません。すみません。
ありがとうございます。
こんにちの自分があるのは、すべて支社長様のお陰様でございます」
というよくわからない敬語でしゃべりながら、両手で自分の手を握り、選挙運動か、というくらい振ってくる。
寺坂は本来、事務仕事をしたり、上役に気を使ったり、というタイプではないので。
秘書の生活は息苦しいこともあるのではないかと思うが、よくやってくれている。
「支社長、呑んでないじゃないですかー」
いつも通りマイペースな秋月は、勝手にワインをそそいでくる。
が、それは日本酒が残ってるグラスだっ、と思っていると、秋月は、
「おっと、今は支社長って言っちゃいけないんでしたね。
だからって、犬塚っ、私の酒が呑めんのかっ! とは言いませんよ~」
と言って、ケラケラと笑う。
いや……すでに言ってるも同然だと思うが。
「本社時代、お偉いさんの今日は無礼講って言葉に騙されて、飛ばされた人を何人も見てますからねー」
と陽気だったのだが、そのうち、
「支社長っ。
何故、私は支社に飛ばされたんですかねーっ?」
と泣き出した。
「私、専務の秘書で。
バリバリのエリート秘書だったと思うんですけどっ。
この脂の乗り切ったときに何故、支社にっ」
と普段は言わない本音をぶちまけ始める。
いや、無礼講って言葉には騙されないんじゃなかったのか? と思いながら、
「いや、単に、俺がこっちに配属されたからでしょう。
本社に戻るときは、秋月さんも一緒だと思いますが」
たぶん、室長はさすがに引退してしまうと思うので、と言うと、
「じゃあ、私、社長秘書になれますかねっ?」
と言ってくる。
「まあ……俺が社長になれればなれるんじゃないですかね?」
「じゃあ、頑張って、専務一派を追い落としましょうっ」
と秋月は手を握ってきた。
いや……それ、貴女の元上司では。
そんな簡単に寝返っていいのか。
実際のところ、専務はご高齢なので、近々、引退のご予定らしく。
気候のいい田舎にログハウスなど作って、ソバを打ちたいとか言っておられるので、別に敵ではないのだが……。
「ありがとうございます、ありがとうございます」
手をつかんだまま俯いて念仏のように繰り返す秋月に、此処でも、また選挙か、と思う。
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