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派遣秘書のとんでもない日常
何処にでも俺の密偵は居る……
しおりを挟む「あまり。
海里に、番号教えてるのかっ」
と成田が口を挟んでくる。
「いや、そんなはずは……」
あまりがぼんやり答えると、
「あら、雇用主なんだから、知ってるに決まってるじゃないの」
と秋月が言う。
「個人情報、だだ漏れじゃないですか」
会社が悪く言われては、と思ったのか、ファミ子が、
「いや、だから、雇用主なんで……」
と一生懸命、弁解を始めた。
「何の用なんでしょう」
とあまりは、出ないまま、その画面を見つめる。
「結婚してくださいとか?」
と笑って秋月が言ってきた。
「どんな急展開ですか。
なにか私のミスが発覚したとかかもしれません」
と言って、秋月に、
「いや、あんた、今日、お茶煎れただけじゃない」
と言われる。
うっ、確かに。
「じゃあ、一切れしかあげてない羊羹があたって、お腹壊したとか」
「羊羹、みんなも食べてるじゃない」
「支社長と室長だけが一切れだったことに気づいたとか」
「仕事中にいらないでしよ、何切れも」
「『新緑』が食べたかったのに『夜の梅』だったことを根に持っているとか」
「……あんた、いい加減、羊羹から離れなさいよ。
っていうか、それ、支社長じゃなくて、あんたの恨みじゃない?」
明日は新緑切ってあげるわよ、と言われ、すみません、と言っている間に、
「あ、切れた」
とファミ子たちが声を上げる。
「かかっ、かけ直してくださいっ、南条様っ!」
と何故か寺坂が怯える。
秋月が、
「なに。
支社長、私用でも電話出ないとキレるの?
暴君ねえ」
やっぱり結婚しなくて正解かもよ、と言ったとき、薄く個室の扉が開いていることに気がついた。
みんなもあまりの視線を追う。
軋む音を立てながら、扉がゆっくりと開いた。
みんなが、ひっ、と息を呑んで見ていると、スマホを耳に当てたままの海里が現れる。
「何故、出ない……」
ホラーかっ。
社員である寺坂たちは、違う意味で怖かったのか、逃げかかる。
つかつかと入ってきた海里がまだテーブルの上に置いていたあまりのスマホを取り、
「なんで出ないんだ」
と言ってきた。
あまりは座ったまま見上げ、
「すみません。
支社長、なんの御用なのかなーと思いながら、ぼんやり眺めてました」
と素直に白状すると、海里は、
「……ぼんやり見てそうだな」
と呟いたあとで、それを投げ返してくれた。
「俺に限らず、電話かかったら、すぐに出ろ」
社会人として、と叱られる。
「いえいえ。
なにかこう、叱られそうな音がしたものですから」
「……着信音で叱られそうとかわかるのか」
「わかるんですよ、なんとなく。
あー、なんか急いでる感じの電話だなー、とか」
ところで、なんで、此処がわかったんですか? と訊くと、
「何処にでも俺の密偵は居る」
と言われ、思わず、周囲を見渡してしまう。
ソファの後ろに隠れていた寺坂と目が合うと、慌てて手を振り出した。
「寺坂じゃない」
と海里が言う。
「そいつは俺に黙ってた裏切り者だ」
より一層、顔面蒼白になった寺坂が、声も出ないのか、無言で更に大きく手を振ってきた。
「……新人の歓迎会なら、俺も呼んでもいいと思わないか?
お前ら室長にも声かけたろ」
しかも、無関係な成田まで来てるのに、と言う。
だが、その成田に、
「お前、ストーカーな上に、スパイまで使ってるのか」
と言われた海里は、
「莫迦。
情報の出所はお前だ」
と言い返していた。
「お前、マスターに行き先言ってったろ」
「あー、しまった。
万が一、店が混んで回らなくなったときのために教えてたんだ……」
「今度からは、あの人のいいマスターに口止めしとくことをお薦めするぞ」
と海里自ら言ってきた。
じゃあ、つまり……とあまりが口を開く。
「恐らくですが、寺坂さんが帰り際に挙動不審で」
寺坂がびくりとした。
いや、別に責めているわけではないのだが……。
「支社長が、なにかおかしいと思って、室長に訊いて。
歓迎会ということがわかったので、カフェに行って、マスターに行き先を確認したってとこですか」
探偵のようですね、と言うと、海里は勝ち誇ったように、
「俺の子どもの頃の愛読書は、アルセーヌルパンとエラリークイーンだからな」
と言ってくる。
いや、ルパンは怪盗ですけどね、と思いながら、勝ち誇る姿が小学生のようだな、と思っていた。
「まあいいさ。
俺を除け者にして、みんなで楽しく騒ぐがいい」
といじけたように言い、じゃあな、と帰ろうとする。
それこそ、小学生のように……。
これはこれで、厄介な大人だな、と思っていると、まあまあ、支社長、と秋月たちが引き止めていた。
「単に支社長が居ると、みんなが緊張して呑みにくいってだけの話ですから」
いや、全然フォローになってませんよ、秋月さん。
あまりは、仕方ない、と思いながら、
「か……海里さん」
と呼びかける。
出て行こうとした海里の動きが止まった。
「じゃあ、支社長としてではなく、個人的にこの会に参加してください。
そしたら、みんな緊張しなくていいですから」
いや、支社長でないのなら、歓迎会に参加しなくていいような気もするのだが。
はい、とあまりが長椅子の、みんなが隠れようとしたせいで空いた隣りを叩くと、海里は一瞬迷ってからやってきて、側にそっと腰を下ろした。
「はい、なに呑みますか?」
とメニューを広げてみせる。
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