3 / 89
カフェ店員のやんごとなき事情
ちょっとカフェで働いてみたいと思っただけなのに、何故、そんな話に……?
しおりを挟むあ~、足は棒のようでフラフラだけど。
今日も一日幸せだった。
あまりの仕事は五時半までだ。
そのあとはお酒も出したりしているようなのだが、夜に訪れたことはまだない。
夕暮れの暖かい風を受けながら、軽く伸びをしたとき、街路樹の陰に隠れたように立っている高校生がこちらを見た。
無言で、弁当箱を差し出してくる。
「いや、いいって」
「母さんが持ってけって」
「……家出中なんで」
と弟の尊に言うと、
「姉ちゃんの好きな、とろとろ半熟卵の肉巻きと、カリカリベーコンとアスパラの炒めものと。
シュガートマトとゆかりご飯のおむすびが入ってる」
とあまりが高校の頃使っていた可愛い保温ランチボックスを突き出したまま言う。
うう……。
あまりは思わず受け取り、両手で掲げ持ったまま、頭を下げた。
「あ、ありがとうございます」
うん、と通学の沿線から外れているのに、わざわざ運んできてくれたらしい弟は深く頷いた。
ちなみに、大学のときは、学食で食べていたので、お弁当箱は使っていない。
街路樹の陰から出て来た尊は呆れたように溜息をついて言う。
「帰ってきなよ。
もう見合いは断ったんだろ?
そりゃあ、父さんの会社的にも、相手の人と結婚した方がよかったみたいだけど」
うっ。
「でも、もう父さん断ったから。
これで会社が倒れても、それがあまりの意志ならって」
「待って。
うちの会社、別に経営怪しくないよね?
なに私に罪の意識を抱かせて帰らせようとしてんの?」
と言うと、バレたか、と言う。
酔ったノリで適当に娘の結婚を決めたくせに。
同窓会に来ていた恩師が、わしが仲人をしようと言い出したりして、引っ込みがつかなくなったようだが。
所詮は、酔っぱらいの戯言。
そのまま流せばよかったのに、何故、意地で娘を犠牲にしようとする、と思っていると、
「受ければよかったじゃん。
姉ちゃん好みの美形で、家も釣り合ってるし。
ケンブリッジ出てるんだろ?」
と尊が言い出す。
あんたも釣書読んだのか……。
「そんな人とは話合わないから」
と言ったものの、いや、成田さんとは合わないこともないな、と気づく。
まあ、成田さんは、ケンブリッジ出て、何故かカフェでバイトをしている変わり者だからな。
いや、カフェが悪いわけではないし、マスターとかすごく尊敬しているのだが。
なにかやりたい勉強とか、大学名が活かせるような職種につきたくて、ケンブリッジに行ったのではないかと思うのに。
「まあ、ともかく、姉ちゃん、帰ってきなよ」
「嫌よ。
このまま帰ったら、また、適当に結婚話持ってきそうじゃない、お父さん」
だが、尊は、
「外の世界に出てみたかったのなら、何処か系列会社にでも入れてもらえばよかったじゃん」
と軽く言ってくる。
「もう~。
そういうんじゃないんだってばっ。
私は、今、あのお店で働いてて楽しいのっ。
尊、今度、お店に来てよ。
ほんとに素敵なお店なんだからっ」
はいはい、という顔を尊はする。
「わかったよ、姉ちゃんの決意は」
と言ったあとで、尊は、あまりの手を両手で握ってきた。
「このまま、客として来た妙な男とくっついて、借金取りに追われたり、おかしな仕事を始めたりしても、姉ちゃんは、僕の姉ちゃんだからね」
「……待って。
ちょっと年頃の娘らしく、一人暮らしして、素敵なカフェでバイトしたいって思っただけで、なんで、私、そこまでの転落人生……?」
「待ってるよ、お姉ちゃん。
いつでもあそこはお姉ちゃんのおうちだよ」
なにがあっても帰ってきてね、と言って去っていく弟の背に、
「だから、なんで、そんな転落人生……?」
とあまりはひとり呟いた。
22
お気に入りに追加
173
あなたにおすすめの小説
OL 万千湖さんのささやかなる野望
菱沼あゆ
キャラ文芸
転職した会社でお茶の淹れ方がうまいから、うちの息子と見合いしないかと上司に言われた白雪万千湖(しらゆき まちこ)。
ところが、見合い当日。
息子が突然、好きな人がいると言い出したと、部長は全然違う人を連れて来た。
「いや~、誰か若いいい男がいないかと、急いで休日出勤してる奴探して引っ張ってきたよ~」
万千湖の前に現れたのは、この人だけは勘弁してください、と思う、隣の部署の愛想の悪い課長、小鳥遊駿佑(たかなし しゅんすけ)だった。
部長の手前、三回くらいデートして断ろう、と画策する二人だったが――。
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
鬼の御宿の嫁入り狐
梅野小吹
キャラ文芸
▼2025.2月 書籍 第2巻発売中!
【第6回キャラ文芸大賞/あやかし賞 受賞作】
鬼の一族が棲まう隠れ里には、三つの尾を持つ妖狐の少女が暮らしている。
彼女──縁(より)は、腹部に火傷を負った状態で倒れているところを旅籠屋の次男・琥珀(こはく)によって助けられ、彼が縁を「自分の嫁にする」と宣言したことがきっかけで、羅刹と呼ばれる鬼の一家と共に暮らすようになった。
優しい一家に愛されてすくすくと大きくなった彼女は、天真爛漫な愛らしい乙女へと成長したものの、年頃になるにつれて共に育った琥珀や家族との種族差に疎外感を覚えるようになっていく。
「私だけ、どうして、鬼じゃないんだろう……」
劣等感を抱き、自分が鬼の家族にとって本当に必要な存在なのかと不安を覚える縁。
そんな憂いを抱える中、彼女の元に現れたのは、縁を〝花嫁〟と呼ぶ美しい妖狐の青年で……?
育ててくれた鬼の家族。
自分と同じ妖狐の一族。
腹部に残る火傷痕。
人々が語る『狐の嫁入り』──。
空の隙間から雨が降る時、小さな体に傷を宿して、鬼に嫁入りした少女の話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/chara_novel.png?id=8b2153dfd89d29eccb9a)
ガダンの寛ぎお食事処
蒼緋 玲
キャラ文芸
**********************************************
とある屋敷の料理人ガダンは、
元魔術師団の魔術師で現在は
使用人として働いている。
日々の生活の中で欠かせない
三大欲求の一つ『食欲』
時には住人の心に寄り添った食事
時には酒と共に彩りある肴を提供
時には美味しさを求めて自ら買い付けへ
時には住人同士のメニュー論争まで
国有数の料理人として名を馳せても過言では
ないくらい(住人談)、元魔術師の料理人が
織り成す美味なる心の籠もったお届けもの。
その先にある安らぎと癒しのひとときを
ご提供致します。
今日も今日とて
食堂と厨房の間にあるカウンターで
肘をつき住人の食事風景を楽しみながら眺める
ガダンとその住人のちょっとした日常のお話。
**********************************************
【一日5秒を私にください】
からの、ガダンのご飯物語です。
単独で読めますが原作を読んでいただけると、
登場キャラの人となりもわかって
味に深みが出るかもしれません(宣伝)
外部サイトにも投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる