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カフェ店員のやんごとなき事情
カフェ店員あまりさんのピンチ
しおりを挟むあ~、いい匂いだな~。
カフェの匂いってやっぱり好きだ。
朝の混雑が落ち着いて、ようやくゆったり珈琲の香りに浸れる時間帯。
新米店員……と言ってもバイトな南条あまりは、テラスに居る客に珈琲を運びながら、その香りにご満悦だった。
だが、外に出ようとした瞬間、足が止まりそうになる。
そのテラス席で、書類を見ながら話しているビジネスマンらしき男二人が視界に飛び込んできたからだ。
そのうちの片方に目を止めたあまりは、そのまま引き返しそうになる。
ま、まま、まずい……っ!
何故、此処にっ?
ところが目の前でテーブルを拭いていたマスターの甥、成田克也が顔を上げ、
「あまり、なにやってんだ?
早く持ってかないと冷めるだろ」
と言い出した。
そ、そうですよね。
冷めますよね。
この美味しい珈琲を美味しいタイミングで出せないなんて悪ですよね、悪。
店の前を通るたび、素敵なカフェだなーと眺めていた店に、やっと雇ってもらったのだ。
マスターのためにも、今すぐこの珈琲を運ばなければっ。
ただ、珈琲をそこからそこに運ぶだけなのに、あまりは妙な使命感に目覚め、悲壮な覚悟で外に出た。
大丈夫……。
大丈夫だ、きっと。
なんか一生懸命話してるから、こっちになんて、顔も向けないに違いない。
仕事の邪魔をしないよう、あまりは、そっと書類の隙間に珈琲を二つ置く。
だが、手前の男が、その整った顔を上げてきた。
思わず、目が合う。
……ヤバイ。
この顔、間違いないっ、と思ったのだが、男は、
「ありがとう」
とだけ言い、また視線を落として、話し始めた。
よかったーっ。
覚えてなかったみたいっ。
神様、ありがとうっ、とふいに教会付属の幼稚園を卒園して以来、拝んだこともない神様を拝みたくなる。
一緒に居た男が帰っても、問題の男の方はまだ書類を見直しながら、珈琲を飲んでいた。
ふう。
やれやれ、とトレーを戻しに行きながら、カウンターのガラスケースの中のベーグルやクロワッサンを眺める。
今日のまかない、なにかな~と呑気なこと思っていると、カウンターの中に居た成田に、
「あまり、外」
と言われた。
「あ、はい」
と一度行った気安さから、あまりは、なにも考えずに、さっきの男の近くのテーブルを片付けに行く。
鼻歌まじりにテーブルを拭いてしまい、あっ、しまった、お客さん居るのにっ、と思ったとき、後ろから声がした。
「ご機嫌だな、南条あまり」
よく響く低いのに甘い声だ。
こんな場面じゃなかったら、どきりとしてしまいそうだ。
一瞬、逃げちゃおっかな~、と思ったのだが、ガラスの向こうにはマスターと成田が居る。
あまりは、笑顔を作って振り返った。
その男、犬塚海里は、真っ直ぐ自分を見、言ってきた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
に、二度も名前を繰り返さないでください、と思いながら、あまりは笑顔のまま固まっていた。
海里は自分を見ている。
マスターたちも、なんとなくこちらを見ている。
仕方ない。
あまりは笑顔のまま言ってみた。
「バ、バイトですー……」
「何故、お前がバイトなんぞする必要がある、南条家のお嬢様」
尋問するような口調で訊く海里に、
「こっ、此処で働いてみたかったんですっ」
と言うと、ほう、と言う。
たっ、助けて、誰かっ、と思わず、目で訴えてしまったらしい。
異変を感じた成田がこちらに来ようとした。
ヤヤヤヤ、ヤバイッ。
「それだけか」
そこで更に、海里が威圧的に訊いてきたので、思わず、つるっと言ってしまった。
「……い、嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
……そーですね、と思ったが、まさか、そのまま口にするわけにもいかず、あまりは、ただ引きつった笑いを浮かべていた。
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