オタク姫 ~100年の恋~

菱沼あゆ

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王子の時給は840円のようです

昔、姫と呼ばれていた理由

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 月曜の朝、朝霞が廊下を歩いていると、みんなが振り返り、そのうちの数人が挨拶してくる。

「おはようございます、朝霞様」
と恥ずかしそうに、同じ学年の女の子も言ってきた。

「おはよう」
と朝霞が微笑み返すと、きゃー、と言って、友だちと赤くなって走り去ってしまった。

 ……何度も言うようだが、私はこのようなポジションにあるべき人間ではない。

 兄は慣れているようだが、私は違う。

 だが、ほんとうに、人の期待を込めたキラキラした眼差しを裏切るのは苦手だ。

 朝霞さんは、漫画やゲームなんて見ませんよね~とか言われると、人の期待を裏切るのも悪いかと思って、なにも言えなくなってしまうし。

 そうだ。
 そもそも、小学校のときだって、学校上がってすぐに、

「朝霞ちゃんって、勉強できそう」
と何気なく言われて。

 それで、期待を裏切るのも悪いかと思って、勉強して、常にそこそこの成績を保っていたんだった。

 うう、人の期待でがんじがらめになっているっ!
と朝霞は苦悩していた。

 今回だって、ただ、ヤマが当たって、新入生代表になったってだけで、悪目立ちしちゃってこんなことにっ。

「私、ただ成績がよかっただけなのにっ!」
と小声で苦悩していると、後ろから、

「どつくよ、あさかー」
と声がした。

 振り向くと、仁美が立っていた。

 笑顔で、
「中間テストも近づいてきたこの時期に、なにぶん殴りたいようなことで苦悩してんの」
と脅される。

 ……すみません。

「別に悩むことないじゃない」
と横を歩きながら、仁美は言う。

「もう二ヶ月になるのに、まだバレないなんて。
 きっと、そのままのあんたで、みんなの思う朝霞姫の像とそんなに離れてないってことなのよ」

 いや、そんなはずはないのだが。

 慰めてくれる仁美に感謝していると、彼女は言ってきた。

「だいたい、あんた、昔から姫って言われてたじゃん」

「えっ?」

「オタク姫って」

 ……姫と呼ばれていたのは、トロくて、なにもできないからではなかったのですか。

 なんか違う、と朝霞は顔を覆った。

 なんか違う。
 みんなの期待と、と思って。

「小学校のとき、あんた日記で熱く語ってたじゃん。

 見たいアニメが海を越えた隣の県でしかやってないとかで。

 海沿いまでお父さんに車で乗せてってもらって、車のテレビでむりやり電波拾って見たって。

 あれで、オタク姫と陰で囁かれてたんだよね」
 
 ……消えてなくなりたい、と朝霞は更に撃沈した。

 そして、何故、日記で熱く語っていたことをみんなが知っているかと言うと、先生が、帰りの会のときに、みんなの前で、読み上げたからだ。

 仁美が笑い、
「先生が、この情熱はすごいって感心してたねー」
と気持ちよく忘れていた古傷をえぐってくる。

「……殺そう。
 この友を。

 今なら許される気がしてきた」

 ひっ、と仁美は息を呑み、

「誰も許さないよっ。
 っていうか、あんた、今の姫の幻影を振り払いたいんでしょうが。

 あのときみたいに、熱くゲームや漫画について語ってみたら?

 大丈夫。
 みんなドン引くよっ」
と言ってくる。

 慰めてくれているのだろうが、友よ。

 私は普通になりたいので、ドン引かれたいわけではない。

「なんとか中間地点で収まらないものだろうか」
と呟くと、

「いや、無理じゃない?

 なにそれ、県境の海まで走るとか。
 私でもやらないし」
と声がした。

「マキちゃん」
と振り向いた朝霞は言った。

 昨日、ゲームソフト店で出会った女生徒、坂上マキが立っていた。


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