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第四章 覚醒編

月下美人の髪飾り

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結局、食事代も全額ルーファス様に払わせてしまった。
せめて、自分の分は払いますと言ったのだが、ルーファスに気にするなと言われ、財布を突き返されてしまった。

「こういう時は男が支払うものだ。」

そう言い切られると、それ以上、強く言う事はできなかった。
今度、別の何かでお返ししよう。リスティーナは心の中でそう決意した。



食事を終えると、ルーファスと手を繋いで大通りを歩いていく。
通りにはたくさんのお店が並んでいた。
お菓子屋、服飾店、雑貨屋を見て回り、スザンヌ達と王都で留守番をしているジーナ達のお土産を選ぶ。
花の栞、可愛らしいアクセサリー、髪留め、リボン…。
真剣にお土産を選んでいるリスティーナをルーファスは無言でジッと見つめていた。
お土産選びに夢中だったリスティーナはルーファスの視線に気づき、

「あっ、ごめんなさい。ルーファス様。待たせてしまって…、」

「いや…。俺の方こそ、ジロジロ見たりして、悪かったな。俺の事は気にしなくていいから、ゆっくり選ぶといい。」

「でも、それだと、ルーファス様は退屈でしょう?すぐに決めますから…。」

「そんな事はない。別に急かしているつもりで見ていた訳じゃないんだ。ただ…、君のような人間もいるのだなと思って、つい見てしまっていただけだ。」

「私のような?」

ルーファスの言葉の意味がよく分からず、リスティーナは首を傾げた。
どういう意味だろう?

「今まで自分の為にお金を使うことはあっても、使用人の為にわざわざ土産を買う人間なんて、俺は見たことがなかったから…。そういう所も君らしいなと思ってついつい見惚れてしまっていた。」

真顔でそんな事を言われ、リスティーナは思わず赤面してしまう。

「た、確かに王族や貴族の方が使用人にお土産を買うなんて珍しいですけど…。わ、私ばかりじゃないですよ。」

「そうか?俺はリスティーナ以外に知らないが。きっと、君がスザンヌや使用人達に慕われているのはそういう所なんだろうな。」

フッと柔らかい表情でリスティーナを見つめるルーファス。
そんな彼と目を合わせるのが恥ずかしくて、リスティーナは思わず目をそらしてしまう。
今までエルザ達にお土産を買ったり、刺繍したハンカチやポーチをあげたりするのを見れば、異母兄弟達に使用人相手に媚を売って浅ましいと笑われた。どっちが使用人か分からないと言われたこともある。
でも…、ルーファス様はそんな王族らしくない私の振る舞いを褒めてくれた。
それだけでリスティーナは今まで自分のしてきたことが間違っていた訳ではないと思えた。

お土産を買い終えて、店を出て、ルーファスと一緒に歩いていると、ふと、一軒の高級感漂うお店に目が留まった。
アクセサリーを取り扱っているお店だろうか。
ガラス張りのショーウインドウには綺麗なアクセサリーや髪飾りが飾られていた。

「あの店が気になるのか?」

リスティーナの視線を辿ってそれに気付いたルーファスが声を掛ける。

「あっ、あの…、少し目に入っただけで…。」

「そうか。じゃあ、入ってみるか。」

そう言って、ルーファスに手を引かれ、店に入っていく。
い、いいのかな?このお店、高そうだけど…。
そう思いながらも、好奇心に勝てず、リスティーナは店内の商品を見て回る。
店には髪飾りや髪紐、アクセサリーが置かれていた。
高級そうなお店だけあって、質の高いものが取り揃えられている。

あ…、可愛い…。リスティーナは一つの髪飾りに目を留める。
白い花の髪飾り…。これ、月下美人の花だ。綺麗…。
でも…、リスティーナはチラッと値段を確認する。
うっ…、やっぱり高い…。リスティーナは値段を見て、躊躇した。
可愛いけど、高いから諦めよう。そう思っていると、

「その髪飾りが気に入ったのか?」

「あ…、いえ…。どんな物があるのかなと見ていただけで…、」

リスティーナは慌てて、首を横に振った。
すると、ルーファスはそんなリスティーナを無言で見て、フム、と何かを考えるような仕草をすると、

「店主。ここに並んである商品、全部くれ。」

「ええっ?ぜ、全部、ですか?」

「ああ。」

「ッ!?ちょ、ルーファス様!?」

「気になっているんだろう?だったら、全部買ってしまえばいい。」

「ぜ、全部はいいです!一つで十分ですから!こ、これ!これにします!」

そう言って、リスティーナは気になっていた白い花の髪飾りを指差した。

「一つでいいのか?」

「勿論です!」

「君は無欲なんだな。分かった。店主、この髪飾りをくれ。」

「はい!ありがとうございます。」

はっ!しまった!買ってもらうつもりじゃなかったのに…!つい…!
そう思うが、既に会計をしている段階なので、やっぱりいいですと言える雰囲気じゃない。

「そのままつけるから、包装はしなくていい。」

「畏まりました。」

会計をすませると、店主の人がリスティーナに朗らかに話しかけてきた。

「素敵な恋人ですね。将来は甲斐性のある旦那様になりそうだ。」

「!」

恋人…。私とルーファス様ってそう見えるんだ…。
リスティーナはなんだか、照れ臭い気持ちになった。
すると、ルーファスがすかさず口を挟んだ。

「恋人じゃない。妻だ。」

「おや!そうでしたか。これは、失礼しました。お二人はもう夫婦だったのですね。それにしても、美しい奥様ですね。」

「ええ。彼女は俺の自慢の妻です。」

「ハハッ!そうですか。本当に仲がいいのですね。」

お店のよくあるお世辞に大真面目な顔で答えるルーファス。
リスティーナはかああ、と顔を赤くした。

店を出た後、ルーファスがリスティーナの髪に髪飾りを挿してくれた。

「うん…。よく似合っている。君はやっぱり花が似合うな。」

「ッ…!」

リスティーナはルーファスに褒められ、トクン、と胸が高鳴った。
リスティーナはそっと髪飾りに手を触れる。
ルーファス様がくれた髪飾り…。一生の宝物にしよう。リスティーナはそう心に決めた。



リスティーナは帰りの馬車の中でウトウトと微睡んだ。
そのままポスン、とルーファスの肩に凭れる。
そんなリスティーナにルーファスはフッと微笑んだ。
一日中歩き回ったから疲れたのだろう。
そっとリスティーナを抱き締めると、フワッと甘い香りがした。
リスティーナから感じる体温と甘い香りにルーファスは安心感を抱いた。

ローザとは大違いだな。
リスティーナを知れば知る程、ルーファスは強くそう思う。
ローザは婚約者だった時代、金を湯水のように使っていた。
ドレスにアクセサリー、靴やバッグ、帽子、香水、化粧品…。
いつもはルーファスを毛嫌いして、避けているのに欲しい物がある時だけはおねだりをしてきた。

けれど、ルーファスは女とはそういうものだと思っていたし、それが普通だと思っていた。
そもそも、ルーファスの身近にいる女は皆そうだったからだ。
王妃である母も、周りの貴族令嬢や貴婦人達も皆、自分を美しく見せるために金を湯水のように使っていた。だから、別にローザの金遣いの荒さを見ても、特に驚きはしなかった。
王族の婚約者に充てられる予算内なら、好きに使ってくれて構わないと思っていた。
まあ、ローザはその予算を毎月オーバーしそうになっては、その不足分を自分に支払わせようとしていたが。

それに比べて、リスティーナには物欲というものがないのか、ドレスやアクセサリーを強請られたこともないし、あれが欲しいこれが欲しいとも言わない。
リスティーナのような女性は初めてだった。
彼女はいつも控えめで慎ましい。自分よりも他人の事ばかりだ。
それは彼女の魅力の一つでもあるが、もう少し我儘になってくれてもいいと思う。
都会よりも自然を好む所、煌びやかな宝石よりも花やハーブが好きな所、使用人の為にお土産を買ってあげる所…。何もかもがローザと違う。
リスティーナは自分の睡眠時間を削り、碌に食べもせずに窶れながらも必死に寝ずの看病をしてくれた。
ルーファスが嘔吐しても、嫌悪感に顔を歪めることなく、心配そうに声を掛け、背中を摩ってくれた。
ローザは看病どころか見舞いにも来なかった。もし、ルーファスがえずいて、嘔吐しようものなら、悲鳴を上げて、距離を取り、ドレスが汚れたと騒ぎ立てていただろう。

今日一日、リスティーナと過ごしていても、改めて、リスティーナはローザとは全然違うと思った。
きっと、ローザは町に出かけても、使用人の為にお土産を買うだなんてこと考えもしない筈だ。
他人にお土産を買うのなら、その金を自分の為に使おうとするだろう。
比べるべきではないと思いつつも、やはり、どうしても比べてしまう。
同じ巫女の血を引いているのにどうしてこんなにも違うのだろうか。

リスティーナと出会うまではローザが巫女の血を引くたった一人の生き残りだと思っていた。
けれど、リスティーナと出会って、今までの考えが間違っていたことを知った。
正直、ローザには巫女の力があるのか疑わしい部分があった。
それでも、ルーファスがローザを巫女だと認めていたのはただ一つ…。ローザが桃色の瞳を持っていたからだ。

それに、歴代巫女の中には力の弱い巫女もいたのは事実だ。
時代と共に巫女の血が薄まり、神聖力も弱くなっているのだろう。
だから、ローザもその影響を受けているのだと思っていた。
だけど、違う。巫女はローザではない。リスティーナだ。
そう確信したのは、ローザよりもリスティーナの方が強い力を持っていると感じたからだ。
それに、リスティーナはローザと違い、一族が代々守ってきていた掟としきたりを教わり、それを習得していた。
ローザは古代ルーティア語を読めないし、薬草やハーブの知識もない。巫女に代々語り継がれる歌も知らない。太陽の刺繍だってリスティーナが話してくれたことで初めて知った位だ。
そもそも、ローザは勉強や刺繍が苦手だ。
それに、一番の決め手となったのはリスティーナが太陽のペンダントを使って、古の契約を行使したことだ。それができるのは、巫女だけだ。

そもそも、ローザは巫女らしさが欠片もない。
巫女はほとんどの者が清らかで心優しく、女神のように慈愛に溢れた女性だったと記述にも残されている。
貞操観念も固く、心に決めた男性にしか身体を許さなかったそうだ。
どう考えても、ローザよりもリスティーナの方が巫女にふさわしい。

本当に俺は何でローザなんかを好きだったのだろうか。過去のこととはいえ、ルーファスにとってあの時ローザに抱いていた感情は消し去りたい黒歴史だ。
確かにあの時は孤独で心も体も弱り切っていた。しかし、だからといって、どうして、よりにもよってローザなんかに…。
ルーファスはハア、と溜息を吐いた。

スウスウ、と寝息を立てるリスティーナにルーファスは視線をやった。
可愛い…。ルーファスはリスティーナの寝顔を見て、頬を緩ませた。

リスティーナは自分が巫女であることも知らないし、気付いていない。
でも、それでいい。今の状況はルーファスにとって好都合だ。
幸い、世間で巫女はローザだと認識されている。教会は正式にローザを巫女だと認めてはいないが、枢機卿の何人かはローザを支持している。
このまま、ローザを隠れ蓑にしておけば、世間の注目はローザに集中する。

ローザが何を考えて、自身を巫女だと公言している理由は分からない。
リスティーナを守る為にしたことなのか…。いや。それはないな。
ローザはそんな殊勝なタイプの女じゃない。昔から、自分が一番でないと気が済まないタイプの女だったしな。
そもそも、リスティーナとローザは面識がない。ローザはリスティーナの存在も知らない筈だ。

そういえば、過去には、巫女に成り代わろうとする偽物の巫女もいたらしい。
まさか、ローザもそうなのか?いや。桃色の瞳を持っているのだから、全くの無関係ということはないだろう。何かしらの繋がりはある筈だ。
ローザはリスティーナと同じ巫女の末裔なのか。だとすると、ローザとリスティーナは親戚関係になるのか?……全く似てないが。

色々、疑問はあるがルーファスにとって、そんな事はどうでもいい。必要なのは、リスティーナの身の安全と平穏だ。
リスティーナの秘密は俺が最後まで守り抜こう。
そうすれば、リスティーナは自分以外の男に狙われずにすむし、ずっと自分の傍にいてくれる。
リスティーナが巫女だと知られれば、教会が保護という名目の下、リスティーナを俺から引き離そうとするかもしれない。
そんな事は許さない。
俺からリスティーナを奪おうとする奴はどんな手を使ってでも排除する。
俺は絶対にリスティーナを手離さない。
その為には、リスティーナが俺から離れないようにしないと…。
ルーファスは執着と独占欲を湛えた目でリスティーナをジッと見つめた。
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