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第四章 覚醒編

闇の魔剣

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魔法陣を描き終えたルーファスはこんなものか、と完成した魔法陣を見下ろした。
この魔法陣は転移魔法の術式だ。
よし。魔法陣の上に立ち、転移魔法を発動しようとする。
その時、ルーファスの耳にヒタヒタ、という忍び寄る足音と啜り泣くような声と低い呻き声が聞こえてきた。
この声は…、ルーファスは後ろを振り返った。

ー…けて…。助…、け…。

ー…どこ?…どこに…、るの…?

振り返れば、そこらかしこに身体が透けている人達で溢れていた。
一人や二人ではない。十、二十…、いや。もっといる。
左右に視線を巡らせれば、そこからもどんどん身体が透けた人間達がルーファスに手を伸ばし、近付いて来ていた。
一見、姿形は同じ人間のように見えるが、違う。
血を流し、身体が欠けている異様な姿をした人間だった者達…。
彼らの姿にルーファスは見覚えがあった。忘れる筈がない。
ルーファスが覚醒前に悪夢で苦しんでいた時に見たあの亡霊達だ。
ミハイルから聞いた言葉を思い出す。

『ルーファス。闇の勇者ってのは、他の勇者と違って少し特殊な存在なんだ。闇の勇者には、他の勇者にはない役割と権限が与えられる。
その役割っていうのが、死者達の声を聞いて、現世で彷徨う魂を冥界に導くこと。
その代わりに冥界の国を行き来できる権利が与えられる。
だから、闇の勇者は別名、冥界の番人と呼ばれているんだ。
闇の勇者ってのは、精神と死に特化した能力を持っているからね。
並の人間が冥界に足を踏み入れたりすれば、死者の国の住人達に引きずり込まれて、そのまま死んでしまうのがオチだけど、闇の勇者だけは例外なんだ。』

死者の魂は本来、死ねば、冥界に行くようになっている。
ただし、時々、死んでも尚、この世の世界に…、現世に留まったまま、彷徨ってしまう魂が存在する。
自分が死んだと認識できなかったり、自分の死を認めようとしなかったり、現世に強い未練や執着があったり等様々な理由により、現世に留まってしまうのだ。

彼らの中には冥界に行きたくても、行き方が分からなかったりして、この世をずっと彷徨い続けている魂もいる。
ルーファスが見ていたあの悪夢の正体はその亡霊達だったらしい。
本来、死者の魂を冥界に導く役割は闇の勇者になってからだ。

しかし、ルーファスは試練を与えている過程で無自覚に魔法を使っていた。
呪いの反動返しだと思っていたあの力はルーファスの防衛本能が働き、闇魔法を使ってしまったのが原因だった。
まだ覚醒前の状態で闇魔法を使えば、身体に大きな負担がかかってしまう。
だから、ルーファスはいつも力を使うと、体力を消耗し、激痛に悶え苦しんでいたのだ。
ミハイルが覚醒前に魔法が使えないようにしたのはそういう背景があったからだ。
だからこそ、魔法を使えないように封じ込めていたのだが、ルーファスは何度かそれを破って、魔法を使っていた。ミハイル曰く、ルーファスの魔力が強すぎるのが原因なのだそうだ。
エレンやシグルド、リーの時はそんな事は起こらなかったらしい。

要するにルーファスが無自覚に闇魔法を使ってしまったことで亡霊達を惹きつけてしまったようだ。
亡霊達は本能的にルーファスが闇の勇者の器であり、自分達を救ってくれる存在なのだと認識したのだろう。
だから、何度もルーファスに近付いた。
よくよく振り返ってみれば、あの亡霊たちは何度もルーファスに助けを求めていた。
あの時は死者の国に引きずり込まれるという恐怖で逃げ惑っていたが、彼らはルーファスに救いを求めて縋ってきたような気がする。
身体が欠けていたり、血だらけだったりしたのは、彼らが死んだ当時のままの姿をしていたからなのだそうだ。亡霊達は死んだ時の姿で現世を彷徨うらしい。

『ルーファス。闇の勇者になった君はこれから、冥界の国の番人となって、迷える魂を導いてあげるんだ。その代わり、君は冥界の国に干渉できる権限が与えられる。
さすがに死者を生き返らせることはできないけど、君のその権限で亡霊達の願いを可能な範囲で聞き届けることはできる。だけど、冥界に行く時は気を付けるんだよ。死者達は生きている人間を見れば、こちら側に引きずり込もうとする。彼らに取り込まれないようにね。』

ミハイルから、そう忠告と助言を受けたことを思い出す。
そして、目の前にいる亡霊達を見た。
身体の半分が食いちぎられたような姿になった少女が手を伸ばしている。
野生の獣か何かに食われたのだろうか。
ルーファスは地面に膝をつくと、女の子に目線を合わせる。そして、口を開いた。

「…よく頑張ったな。もう苦しまなくていい。…安らかに眠れ。」

女の子はルーファスの言葉を聞き、安心したように笑った。
そのままフッと、姿が消えて、小さな火の玉のような形になり、ユラユラと揺れながら、冥界の国へと旅立った。それを見送り、ルーファスは残っている亡霊達に向き直った。
亡霊達を冥界の国に導くには、冥福の言葉を掛けるのが条件だ。
さっきの女の子の亡霊にしたようにルーファスは他の亡霊達にも声を掛けていく。
ルーファスが声を掛けると、どの亡霊も火の玉の形になり、冥界の国に向かって行く。
最後の亡霊を見送り、ルーファスはフウ、と溜息を吐いた。
これは、確かに…。中々、骨が折れるな…。かなり、神経を使うし、精神的にもきついものがある。

「冥界に行くのはもう少し後にするか…。」

初めの段階でこの様なのだから、今、冥界に行くのは危険な気がする。
せめて、これに慣れてからにしないと…。冥界の国は恐らく、これ以上の数の亡霊がいる筈だ。
闇の勇者になったからといって、油断は禁物だ。
焦るな…。焦って行動を移した所でいいことはない。
本当はすぐにでも冥界に行きたかった。だけど、今はその時じゃない。
ルーファスは逸る気持ちを抑えると、魔法陣に視線を向ける。
今は目の前のことに集中しよう。ルーファスは魔法陣の上に立つと、手を翳し、転移魔法を発動した。
そのままルーファスの姿は青い光に包まれ、目的地へと転移した。





ルーファスが着いた先は、古代遺跡だった。
シグルドと最後に会話をした場所とよく似ている。
それもそうだろう。あの古代遺跡と同じ場所なのだから。
あの時は、意識だけ古代遺跡にいただけだったから、生身の身体でこの場所に来るのは初めてだ。
ルーファスはシグルドに言われた通り、ここにやってきた。
ルーファスは階段を降りて、地下に下っていく。
地下の通路を歩きながら、シグルドと交わした言葉を思い出す。

『ルーファス。この遺跡には、俺の武器が眠ってある。』

シグルドはルーファスにその武器の在処を教えてくれた。

『それをお前にくれてやる。先輩である俺からの餞別だ。』

『シグルドの武器って…、まさか、闇の魔剣シルヴァンか?そんな大事な物を何故俺に…?』

『お前にだから、託すんだよ。他の軟弱野郎なんかに俺の剣をやるつもりはねえよ。元々、お前が勇者になったらくれてやるつもりだったんだ。お前は俺を負かした男だからな。あの剣はお前が持つにふさわしい。』

シグルドはルーファスに自分の剣を託すと言ってくれた。
その代わり、壊したり、折ったりしたら、ただじゃおかないからなと念を押されたが。
もし、粗末に扱ったりしたら、シグルドに祟り殺されそうだ。
大事な愛剣を俺にくれるというのだ。勿論、大切に扱うと約束した。

ルーファスは通路の奥に行くと、大きな広間のような場所に出てきた。
その中央に大きな岩があった。見上げる程に大きな岩だ。
ルーファスは鞘から剣を抜くと、剣を振って、斬撃を放った。
岩はスパッと斬れ、ガラガラと音を立てて、崩れていく。
剣を鞘に納め、岩をどけてルーファスはその下にある床板に触れる。確か…、ここら辺に…。
コンコン、と拳で叩く。すると、ガコッ、と音を立てて、床板の一部が浮いた。
ルーファスは浮いた床板に手をかけ、床板を外した。その衝撃で土や石の破片がボロボロと落ちていく。
床板を外すと、そこには、石の箱が納められていた。
ルーファスは風魔法で石の箱を浮かび上がらせ、目の前に移動させた。

箱の蓋を開け、中を覗き込む。
そこには、古びた一本の黒い剣があった。
これが…、シグルドの剣。
ルーファスはまじまじと見つめた。
闇の魔剣、シルヴァン。
伝説の魔剣とも呼ばれている最強の武器…。
光の聖剣と並んで伝説の武器として有名な剣の一つだ。
元は、ペネロペの弟、ルークの愛剣だと伝えられている。
ルークは軍神の加護を受け、古代剣術の基礎を作り上げた男だ。
彼は古代ルーミティナ国で不滅の騎士団を結成し、最強の騎士として名を馳せた。
ペネロペと共に魔王と戦い、魔王討伐に貢献した一人でもある。

修復不可能とまでいわれたその魔剣を聖剣の乙女であるクリスタが復元した。
闇の魔剣シルヴァンは闇の魔力を付与した剣であり、通常は傷つけられない魔物や神を斬ることができる特別な力が秘められていた。
クリスタはシグルドにその闇の魔剣を与えた。

その剣はシグルドの墓とは別の場所に葬られた。
過去には、闇の魔剣を手に入れるために墓泥棒が現れたことがあったため、それを防ぐための措置だった。
本来、勇者の武器は教会が管理するのだが、クリスタは教会に魔剣を託すのを危険視した。
呪われた魔剣とも呼ばれたシルヴァンを人の目に触れさせては必ず災いが起こるとアリスティア女神から忠告を受けていたからだ。

そこで、クリスタは秘密裏にシグルドの墓とは違う場所に魔剣を封印した。
しかし、その封印は今はもう解けてしまっている。巫女の力とはいえ、封印は永遠に続くものではない。
あれから、五千年以上も経過したのだ。
その為、魔剣はその在処さえ分かってしまえば、簡単に手に入れられる。
ルーファスは魔剣に手を伸ばした。封印が解かれた今、ルーファスは何の問題もなく魔剣に触れることができた。

まさか、魔剣シルヴァンをこの目で見ることができる日がくるなんて思わなかった。
ルーファスは魔剣に触れ、状態を確認する。
年数が経っているせいか、大分埃が被り、蜘蛛の巣が張っているが…、見たところ、剣に損傷はない。
これも魔剣の性質なのだろうか。
サッサッと手で払い、埃と蜘蛛の巣を取り払う。
剣の柄と鞘には傷一つない。剣の柄も鞘も真っ黒でどこか不気味な印象を与える。
けれど、同時に…、人を惹きつける何かを感じる。

『ただし…、あの魔剣は持ち主を選ぶ。魔剣がお前を主として認めなければ、あの剣は使えない。』

シグルドはそう言っていた。
魔剣シルヴァンは別名、呪われた魔剣とも呼ばれている。
魔剣シルヴァンには呪いがかけられたのだ。
そもそもの発端は、ルークの死後、彼の墓を荒らした墓泥棒が現れたことが全ての始まりだった。
墓泥棒の目的は魔剣だった。
闇の魔剣を手に入れれば、最強の力を手にすることができると考えたのだ。

男には、野望があった。力を得て、英雄として崇められ、金も地位も手に入れて、美しい女を集めて、ハーレムを築きたいという野望が…。
男はそのハーレムに巫女も加えようと考えていた。
しかし、巫女には婚約者がいた。男は巫女に言い寄るが、巫女は男の誘惑を拒んだ。
それに腹を立てた男は巫女の婚約者を魔剣で殺した。
婚約者を殺された巫女は嘆き悲しみ、男に強い憎しみを抱いた。

巫女は力ある言葉で魔剣を呪った。
力ある言葉は一度、口にした言葉は取り消せない。
巫女の呪いにより、魔剣には、意思が宿った。
魔剣には、感情を増長させる力が宿るようになり、欲望や負の感情を抱けば、その感情に支配され、魔剣に身体を乗っ取られてしまう。そして、最後は破滅する。
欲望が尽きぬその男は魔剣の呪いにより、発狂し、破滅した。
その時に魔剣は折れてしまい、使い物にならなくなってしまった。

その後、巫女は古の契約で婚約者を生き返らせ、彼と結ばれた。
そして、二度とこんな悲劇を生み出さないように巫女は折れた魔剣を誰にも知られない場所に隠した。
それから魔剣は長い間、誰の手にも渡ることはなかった。
魔剣が次の主人として選んだのはシグルドだった。

『俺は復讐に囚われて、魔剣の呪いで最後は破滅しちまったがな。けど…、お前は何か大丈夫そうな気がするんだよな。まあ、どうするかはお前が決めろ。』

家族を惨殺されたことで復讐と憎悪の感情に駆られたシグルドは魔剣の呪いにより、感情が増幅し、そのまま暴れ狂った。
過去に巫女の婚約者を殺した男は魔剣の呪いにかかり、破滅した。
彼は最後は魔剣に身体を乗っ取られ、肉体の限界がきてもなお強制的に戦わされていく内に自我が崩壊し、発狂した。
そして、自分で自分の身体を魔剣で貫き、自殺したのだ。

シグルドも魔剣の呪いにより、最後は魔剣で自らの命を絶った。
ただ、シグルドは発狂した男と違い、辛うじて自我があり、魔剣に身体を乗っ取られてはいなかった。
その為、魔剣の呪いから逃れることもできた筈だった。
それでも、シグルドは魔剣の呪いに特に抵抗することなく、受け入れた。
復讐を果たしたシグルドはリーゼのいない世界に何の未練もなかった。
魔剣の呪いはシグルドにとって救いだった。愛する人がいない世界で生き続ける絶望と比べれば、死は少しも怖くなかった。むしろ、死んで早くこの絶望と虚しさから解放されたかった。
だから、シグルドは躊躇なく、自らの命を絶ったのだ。

この魔剣を手にするという事は…、俺もシグルドのように魔剣の呪いを受けるかもしれないということだ。
それを覚悟の上で決めろとシグルドはルーファスに忠告した。

ー俺は…、

ルーファスは決心した。
ルーファスは剣の柄に手をかける。
シルヴァン…。どうか、俺を…、選んでくれ。
グッと柄を握る手に力を込めると同時に…、ドクン!と鼓動を感じた。
スラッと音を立てて、鞘から剣が抜けた。

「ッ!抜けた…。」

ルーファスは思わず、呆然と呟いた。
八千年前に作られた武器であるにも関わらず、魔剣は錆がなく、綺麗な状態だ。
そして、一番印象的なのは、やはり、剣の刃の色だろう。
禍々しい黒…。まるで闇のように黒い刃…。
不気味なのに、自然と目が惹きつけられる。怪しい魅力を持った魔剣だ。
ルーファスは思わずまじまじと魔剣を見つめた。
魔剣はルーファスを主として、認めてくれたようだ。
ルーファスはホッとして、剣を鞘に納めた。

「ありがとう…。」

魔剣に感謝を込めて、呟くと、それに答えるようにドクン!と鼓動がした。

「!」

やっぱり…、気のせいじゃなかった。
この魔剣は生きているのだ。言葉こそ話せないが、ルーファスの言葉に反応している。
不思議な剣だ。普通なら、気味が悪いとか、怖いとか思うかもしれないが、ルーファスは何故かそうは思わなかった。
初めて握ったというのに、まるで長年使っていた武器のように身体に馴染んでいる気がする。
どうやら、俺はこの魔剣と相性がいいらしい。
嬉しい誤算だ。
ルーファスは魔剣を腰に携え、それを持って、古代遺跡を後にする。
あまり遅くなると、リスティーナが心配するかもしれない。
ルーファスは行きと同じように転移魔法で飛んで、屋敷に戻った。
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