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第四章 覚醒編

ルーファスside

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そして、次に目が覚めた時には…、涙を流しながら、こちらを覗き込むリスティーナがいた。

「ッ、ルーファス様!」

あの時の感動を俺は一生、忘れはしない。
ルーファスに抱き着き、子供のように泣きじゃくりながら、ルーファスの名前を何度も呼ぶリスティーナのぬくもりを感じながら、ルーファスは心の中で誓った。
もう、二度と…、この手を離さない…。
もう二度とリスティーナを悲しませたりしない。俺がリスティーナを守る。
どんな手を使っても…、何があっても…、彼女を守ってみせる。





行為が終わり、疲れ果てて、スー、スーと寝息を立てて眠るリスティーナの寝顔を眺めながら、ルーファスは勇者になった時のことを思い出していた。

―少し激しくし過ぎたな…。

ルーファスは今更ながら、反省した。
久しぶりにリスティーナに触れられたことが嬉しくて、ついつい夢中になって求めてしまった。
覚醒前は性欲こそあったが、体力が人並みよりもなかったため、せいぜい一回しかできなかった。
それだって、リスティーナのお蔭でできたようなものだったが。
覚醒してからは、新しい肉体に作り替えられ、人並み以上の体力を手に入れることができた。
その為、加減が分からずにリスティーナには無理をさせてしまった。
起きたら、ちゃんとリスティーナに謝ろう。
そうだ。回復薬のポーションも作っておかないとな。

ルーファスは右手の甲に視線を落とした。
ルーファスの目がギラッと光った。
すると、右手の甲に黒い紋章が浮かび上がった。
普段はこの紋章は魔法で隠している。だけど…、これもいつまでも隠し通せるものじゃない

そういえば…、ルーファスはチラッと机の上に置いたままの紙に視線を移した。
クイッと指を振ると、紙がひとりでに動き、ルーファスの元にスーッと飛んでいき、彼の手の中におさまった。
その紙には、リスティーナが教えてくれた妖精の掟が書かれていた。
妖精の掟か…。巫女がどうして、妖精に好かれていたのか分かった気がする。
ただ、女神の加護を受けた巫女であるからとかではなく、自然を尊び、花と緑を愛し、妖精に対して、敬意を示していたからこそ、妖精は巫女を慕っていたのだろう。
恐らく、歴代の巫女達はこの掟を守り続けてきた。だからこそ、巫女は妖精に好かれていたんだな。
ルーファスは妖精の掟に目を通した。

一.森を荒らすべからず
二.生きとし生けるものを尊ぶべし
三.自然を尊ぶべし
四.自然の調和とバランスを破壊するべからず
五.無益に生命を奪ってはならない
六.植物と動物を傷つけてはならない
七.狩りをする時は奪った生命に対して、祈りの言葉を捧げよ
八.子供と老人には親切にするべし
九.妖精を傷つけたり、迫害してはならない
十.妖精を怒らせてはならない
十一.妖精の邪魔をしてはならない
十二.妖精に嘘をついてはならない
十三.妖精を捕まえてはならない
十四.妖精から盗んではならない
十五.妖精の国で食べ物と飲み物を口にしてはならない
十六.軽々しく、妖精と約束事をしてはならない
十七.妖精と交わした約束を破ってはならない
十八.妖精を否定してはならない
十九.妖精の輪に入ってはいけない
二十.森にあるものを無断でとったり、引き抜いてはならない

「長いな…。」

妖精の掟を見て、まず最初に抱いた感想はそれだった。
だが…、間違ってはないな。
妖精は気まぐれで我儘。同族に対しては愛情深いが、敵に対しては容赦がない。
人間に仲間を傷つけた妖精が報復して、悲惨な末路を辿るなんて話もある位だ。
妖精は怒らせてはいけないという教訓もある。
この掟は正しい教えだ。妖精の特徴をよく理解している。
この掟をリスティーナは暗唱して、全部覚えたのか。

リスティーナの母親は、一族に代々伝わる掟を娘にきちんと教えていたのだな。
ステラ伝記の話を聞いた時もそう感じた。
ステラ女医は巫女伝説にも登場する巫女の一人。
つまり、ステラはリスティーナの先祖に当たる。
巫女はその数奇な運命のせいか、平民から王族になるケースも多い。
王族に生まれる巫女もいれば、貴族令嬢として育った巫女もいる。対照的に平民として育った巫女もいる。レティアとクリスタだって平民出身だ。
だが、血筋を辿れば、どの巫女もペネロペの血を受け継いだ正統な血筋の持ち主だ。

ステラは平民出身ではあったが、父親が巫女の子孫だった。
ステラの医学は医者だった父に叩き込まれたものだ。
古代ルーミティナ国は医学にも精通しており、一族の間で継承されてきた秘伝の医術をステラは習得していた。ステラが神の手とまで呼ばれた医術は先祖が守り続けていた知識そのものだった。
ステラの神聖力は医学を通して、その能力を発揮した。

歴代巫女は皆が皆、特筆した才能の持ち主だった。
ステラは医学の才能に、クリスタは武器を作る才能があった。ある者は歌、ある者は刺繍、踊り…。
他にも音楽や絵、料理や剣術等々…。巫女はそれぞれの才能を生かして、神聖力を開花させてきた。
そして、自分の特技を通じて、神聖力を使い、たくさんの人々を救ってきた。
その先祖の血が影響しているのだろうか。巫女は知識が豊富で、教養があり、王族や高位貴族にも引けを取らない程に優秀な人物が多かった。
過去には、平民出身から王妃になった巫女もいるが、驚異的なスピードで王妃教育を習得し、妃として完璧な振る舞いを身に着けたともいわれている。
中には、本来は優秀であったにも関わらず、他人に利用され、搾取され、虐げられていたせいでその才能を十分に生かすことができなかったという巫女もいたという。

もしかしたら…、リスティーナも…、
ルーファスはチラッとリスティーナを見下ろした。
リスティーナとの会話でルーファスは思い当たる節があり、顎に手を当てて、考え始めた。
一度、試してみるのもいいかもしれない。

恐らく、リスティーナは自分の一族の秘密を知らないが、違う形で歴代巫女の話を教えられたのだろう。
リスティーナの母親は何故、わざわざそんな真似をしたのだろうか。
彼女を守る為か?…それだけではないような気がする。

ふと、ルーファスはリスティーナが羽根ペンでペン先が潰れてしまったことを思い出す。
もっと使いやすくて、書きやすい筆記用具。それがあれば、リスティーナの役に立つかもしれない。
何より、彼女が喜んでくれれば…、ルーファスはよし、と心に決めた。





ルーファスはリスティーナを起こさないよう音を立てずにそっと寝台から抜け出した。
バスローブを脱いで、動きやすい服に着替える。
そして、剣を手に取り、外套を羽織った。
そのまま、バルコニーに出て、飛び降りた。
スタッと地面に着地し、屋敷を出て、風を切るように駆け抜けていく。
森に入ってしばらくすると、開けた場所へと出てきた。

「ここら辺でいいか。」

ルーファスは手に魔力を集めた。黒い魔力がルーファスの手から溢れ出る。
スッと大木の前に手を掲げる。

『闇刃ダークカッター』

瞬間、ルーファスの手から、闇の魔力を纏った刃が放たれた。
スパッ!と音を立てて、木が真っ二つになり、そのままドーン!と音を立てて、木が倒れた。

―しまった…。やり過ぎた。これでも、大分、加減したつもりなんだが…。

単体攻撃の初級の闇魔法だから、せいぜい木の表面に傷がつく位のものかと…。
もっと、弱くしないといけないのか。意外と魔力のコントロールは難しいな。
元々、ルーファスは生まれた時から人より、魔力量が多く、幼少の頃から魔法が使えていた。
勇者としての試練を与えられてからは、魔力を使う事はなくなったが、あの時とは全然勝手が違う。
つい、昔の癖であの時と同じ感覚で魔法を使ってしまった。
昔と今では状況が違うのだ。
今の自分はあの頃とは比べ物にならない程に桁違いの魔力を手に入れた。
もっと、練習を重ねて、早くこの魔力をコントロールできるようにならないとな…。
ルーファスはもう一度、手に魔力を込め、魔法を発動した。

『闇撃ダークショック』

直後、ドカン!と音を立てて、木々が打ち倒れていく。
森から鳥達がバサバサと羽音を立て、鳴き声を上げながら、飛び去って行く。
その後もルーファスは次々とエレン達から教わった闇魔法を試し打ちしていき、魔法の自主訓練をしていた。それ以外にも、剣の素振りをしたり、剣術の技を試したり、体術や筋肉トレーニングをしたりと身体を鍛えていく。

もっと…!もっと、速く…!もっと、強く…!
俺はこれから、戦場に出る。
策略と陰謀が渦巻くあの王宮でリスティーナを守りながら、戦わないとならない。
敵は王宮だけじゃない。どこに敵が潜んでいるかも分からない。
いつ母や貴族が放った刺客が襲ってくるかも分からない。
俺には時間がない。だからこそ、この限られた短い時間の中で戦いに向けてあらかじめ準備しておかないと…。いつ、敵が襲ってきても反撃できるように…!
シグルドの忠告を…、彼らが教えてくれたことを無駄にはしない。



魔法陣を書きながら、ルーファスはふと、エレンから教えられた魔力の分身の事を思い出した。
ルーファスはエレンに魔力の分身の事について、訊ねたのだ。

『そういえば…、ミハイルがエレンも俺と同じように魔力の分身があったと聞いたんだが、本当なのか?』

『ああ。これのこと?』

エレンがパチン、と指を鳴らすと、いきなり黒い魔力のようなものが溢れだし、やがて、それは一瞬で大きな狐の姿に変わった。
闇のように黒い九本の尾を持った狐だ。キュウ、と鳴き声を上げる。
で、でかい…!これ、狐か?二メートル以上はありそうだ。
こんな大きな狐、見たことがない。
一瞬、狐型の魔物かと思ったが…、違う。魔物独特の悪臭がしない。
エレンと同じ魔力を感じる。魔力の色も同じだ。

『これがエレンの…、魔力の分身か?』

『そう。かっこいいでしょ?』

エレンは少し誇らしげな表情を浮かべて、そう胸を張った。
ルーファスと視線が合うと、黒い大狐はプイッと目を反らし、毛づくろいをし始めた。
持ち主と同じでマイペースな性格をしているようだ。人と馴れ合う気はないらしい。

『随分と大きいな。』

『覚醒前はまだ子狐だったから、小さかったけどね。勇者になって魔法のレベルを上げたら、ここまで成長することができたんだよ。』

『そうか…。レベル上げを…。』

俺も魔法の訓練をして、レベル上げをすれば、ノエルも今より、もっと成長するかもしれない。

『エレンの魔力の分身は狐なんだな。リーとシグルドもそれぞれ違うのか?』

『うん。確か、リーは黒い蝶でシグルドは狼だったよ。』

『バラバラなんだな。俺のは猫だし…、何か意味があるのか?』

もしかして、闇の勇者としての適性や特性、何かの象徴を表しているのだろうかと考えたルーファスだったが、

『ああ。それは、ミハイルの好みで決めてるらしいよ。』

『…は?好み?』

『そう。大精霊って長命だから、飽き性で好みの動物がコロコロ変わるんだ。僕の時は狐が好きだったみたいだけど、リーの時は蝶を集めるのにはまってて、シグルドの時は犬を観察するのがブームだったらしいよ。ルーファスのが猫ってことは、今のミハイルは猫ブームなんだろうね。」

真面目に考えた自分が馬鹿だった。まさか、ただ単純に大精霊の好みで決められていただなんて…。
ちなみにリーは最初、ただの黒い毛虫だったそうだし、シグルドは黒い子犬だったそうだ。
二人共、レベル上げをして、そこまで成長したらしい。
子犬はともかく、毛虫…。
ルーファスはリーに同情した。せめて、もう少しマシなモノを選ぶことはできなかったのか。
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