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第四章 覚醒編

行きたい国

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「えっと…、フローレンス女医は元々、他国の貴族令嬢だったんですけど、ステラに憧れて、医者になることを決意したんです。家族からは猛反対されたそうですけど、その反対を押し切って家を出て、医学校に入学したんです。」

「貴族令嬢で医者になるだなんて凄いな。相当の覚悟がないとできないことだ。」

ルーファスが興味深そうに話を聞いてくれるから、リスティーナもついつい嬉しくて、会話が弾んだ。

「後、私はステラ伝記の中でステラとその夫の王太子様とのエピソードが好きなんです。」

「ああ。ステラと王太子の出会いも有名な話だな。」

ステラと王太子の出会いは有名だ。
ある日、突然、原因不明の病に侵されて、寝たきりの重症になった王太子。
王宮医師や名医と呼ばれた医者が診ても、誰も原因を突き止められなかった。
しかし、ステラだけは原因を突き止めて、手術を成功させ、王太子の命を救った。
それがきっかけで王太子はステラに惹かれるようになり、求婚するようになったと伝記には記されている。

「王太子様はチョコレートが好きなステラの為に最高級のチョコレートを取り寄せたり、ステラが読みたがっていた医学の論文や書物を手に入れたり、読書が好きなステラの為に専用の図書室を作ってそれをプレゼントしたりしたそうです。その話を聞いて、とても素敵だなと思って…。」

そのエピソードだけで王太子は本当にステラを大切にしていたのだということがよく分かる。
それだけ、ステラは魅力的な女性だったということだろう。

「ステラの夫の王太子は愛妻家として有名だったからな。」

ステラの夫の王太子は眉目秀麗で自国の令嬢だけでなく、他国の王女や令嬢達からも人気があり、妃の座を狙った女達があの手この手でアピールしたが、王太子はステラ以外の女には目もくれず、それは国王になった後も変わらなかった。
彼は愛妾や側室を一人も持つことはなく、生涯ステラだけを愛したと伝えられている。
そんな王太子夫妻の仲睦まじさは国民達の憧れだったそうだ。

ステラは医療の発展に貢献した女性として有名で、今でも国の英雄として讃えられている。
アルセルラ国にはステラの銅像が建てられており、記念館もある位だ。
また、アルセルラ国は世界で一番医療が発達した国として知名度が高い。
多くの名医や医者を輩出し、有名な医学校もある為、医者として学ぶのならアルセルラ国に行くべしと言われている位だ。

現在、アルセルラ国は王制が廃止され、共産国家体制となっている。
大国ではないが、医療が発達している国であるため、他国にも特効薬や治療薬などの物資を送り、医者を派遣したりと医療の面で活躍している。
その為、他国もアルセルラ国を無下に扱うことはできない。
アルセルラ国を侮れば、医療従事者を敵に回し、医療の物資が届かなくなる可能性もあるからだ。
そんな事をすれば国の大きな損失になる。

「ステラの夫の王太子は妻の為にチョコレート祭りというものを定着させたんだそうだ。だから、アルセルラ国には今でもチョコレート祭りというものがあるらしい。」

「チョコレート祭り!それは、とても楽しそうですね。」

「リスティーナはチョコレートは好きか?」

「ええ!大好きです!甘くて、とっても美味しいですよね。」

「そうか。機会があれば、君と一緒にアルセルラ国のチョコレート祭りに行けるといいな。それに、新婚旅行にも連れて行ってやりたいし…。」

新婚旅行…!正妃ならともかく、末端の側室である私が新婚旅行に連れて行って貰えるなんて考えもしなかった。
ルーファス様…。そんな事まで考えてくれたんだ。
ルーファス様と一緒に新婚旅行ができるなんて夢みたい…。その気持ちだけでも十分、嬉しい。

「リスティーナはどこか行きたい国はあるのか?」

「私は…、」

リスティーナは悩んだ。行きたい国…。いっぱいありすぎて、選べない。
子供の頃に外国の本を読んで胸を躍らせた日が懐かしい。
子供の頃は何も知らず、無邪気にあの国に行きたい、この国に行ってみたいとエルザ達と楽しく語り合った。
年頃になって、自分の置かれた状況を理解するようになると、その願いは叶わないことを知り、口にしなくなった。
自分は一生、メイネシアから出ることはできず、離宮で捨て置かれたまま生涯を終えるのだと覚悟していたから。
それでも、やっぱり、子供の頃に抱いた夢が忘れられず、外国の本や歴史書を何度も読んでいた。
それを読めば、まるでその国に行ったような気分になることができた。
だけど、まさか、私が外国に行ける機会があるだなんて考えもしなかった。
もし…、本当に外国に行ける事ができるなら…、私は…、

「そうですね…。アルセルラ国も行ってみたいですけど、テルマエ国の美しい海も興味ありますし、パレフィエ国にある宮殿や博物館、礼拝堂も見てみたいです。帝国の観光名所である夜光花や夜光蝶も一度は見てみたいなと思いますし…。正直言って、迷ってしまいます。でも、やっぱり、私は…、星の国と呼ばれたエストール国に行ってみたいです。」

「エストール国…。ああ。東国に位置する古い歴史と伝統を持つあの国か…。確か、あの国は代々、星魔法の使い手がいるらしいな。星の国と呼ばれる位だから、星をモチーフにした飾り物や装飾品がよく売られているとか。」

「そうなんです!私、エストール国でしか手に入らないその星の装飾品を一度でいいから見てみたくて…。それに、エストール国で年に一度、開催される星夜祭にも行ってみたいです。
後、エストール国にはプラネタリウムという施設があるみたいなんです!そこは建物の中なのにまるで夜の満点の星空を見ているかのような体験をすることができるみたいで…。本で読んで初めてそれを知った時は死ぬ前にいつか絶対に行ってみたいなと思って…、」

「よく知っているな。エストール国に知り合いでもいたのか?」

「お母様が踊り子だった時にエストール国に行ったことがあるそうです。それで、お母様からエストール国の話を聞いて…、」

楽しそうに語るリスティーナを見て、ルーファスは優しい表情でフッと笑うと、

「それじゃあ、新婚旅行はエストール国にしよう。」

ルーファスの言葉にリスティーナは思わずぱあっと顔を輝かせたが、ふと、ルーファスはそれでいいのかと思い至ると、

「でも、あの…、ルーファス様が行きたい国は他にもあるのではないですか?もし、ルーファス様が行きたい国があるのでしたら、そちらの方に…、」

ルーファス様の気遣いは嬉しいけど、これではルーファス様が行きたい国に行けなくなってしまう。
そう思って、彼が行きたい国を優先しようとするリスティーナだったが、

「俺の事なら、気にするな。そもそも、俺は別にどこに行きたいとかそういうこだわりは特に持っていないからな。君と一緒なら、どこでもいい。」

「ルーファス様…。」

最後の言葉にリスティーナはドキッとした。
だ、駄目!ここで流されちゃ…!
ルーファス様は優しい人だから、自分の気持ちを押し殺して、こう言っているだけなのかもしれない。

「俺は別に無理なんてしていない。今のは本心だ。」

まるで心を読んだかのようにルーファスはそう言うと、

「それに…、俺も君の話を聞いていたら、エストール国に行ってみたくなった。そのプラネタリウムという施設や星夜祭も面白そうだ。」

「ほ、本当ですか?」

「ああ。…そういえば、エストール国は天文学が他の国よりも発達しているらしいな。他国には出回っていない本もあるかもしれない。」

「エストール国は昔から、星詠みの乙女がいて、占星術を使って国の未来や運勢を占ったりしていたそうですから、占星術や天文学が他国よりも優れているんでしょうね。エストール国の図書館や古書店に行けば、そういった本もたくさんありそうです。」

「それは興味深いな。」

ルーファスは天文学にも興味があるようだ。
ルーファス様は勤勉家なのね。新たなルーファスの一面を知り、リスティーナは思わず微笑んだ。

「今すぐには無理かもしれないが…、落ち着いたら、一緒にエストール国に行こう。」

「はい!」

ルーファスの言葉にリスティーナは満面の笑顔で頷いた。
いつか…、ルーファス様と一緒にエストール国に…。その日が待ち遠しい…。

その後、借りてきた本をルーファスに見せて、語り合った。

「あ、もうこんな時間…。すみません。ルーファス様。私、この後、夕食の手伝いをする約束をスザンヌとしていたので、そろそろ厨房に行かないと…。」

「ああ。そうだったな。今夜は何を作る予定なんだ?」

「メインディッシュはチキンの香草焼きです。ルカがいいお肉を仕入れてくれたんですよ。」

「それは、楽しみだ。」

リスティーナはルーファスと別れ、厨房に急いだ。




そういえば、あの夢…。
夕食を作りながら、リスティーナはふと、夢の事を思い出した。
あの夢には何か意味がある様な気がする。だって、あの夢は…、今回が初めてじゃないから…。
リスティーナは子供の頃に同じ夢を見たことがある。
ずっと忘れていた。でも、あの夢を見て、思い出した。
アリスティア様は…、ずっと昔から私を守ってくれていたんだ。

あれは、ただの夢じゃない。リスティーナはそんな確信があった。
あの夢を通して、アリスティア様が私に何かを伝えようとしている?
ガーネットレッドの瞳を持ったあの謎の男の人は…、一体、誰だったの?
彼はヴァルト、と名乗っていた。まさか…、

「リスティーナ様?」

スザンヌに名を呼ばれ、リスティーナはハッとした。
いけない。今は料理中だった。集中しないと…!
リスティーナは笑って何でもないと誤魔化した。

盛りつけが終わり、完成した料理にリスティーナはフウ、と息を吐いた。
今日の夕食はチキンの香草焼きにグリーンサラダ、コーンスープ、かぼちゃとベーコンのクリーム煮だ。

「まあ!美味しそうですね!リスティーナ様は本当に料理が上手なのですね。」

「ありがとう。リリアナ。」

リリアナの言葉にリスティーナは少し照れくさそうに微笑んだ。
こんな風に人に褒められるのってなんだか、とっても擽ったい。
リスティーナはルーファスを呼びに厨房を出て、廊下を歩いた。
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