冷遇され、虐げられた王女は化け物と呼ばれた王子に恋をする

林檎

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第四章 覚醒編

ステラ伝記

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あらかた資料に目を通したルーファスはそれを片付け、リスティーナの部屋に向かった。

「リスティーナ。入ってもいいか?」

「ルーファス様!どうぞ。」

リスティーナが借りていた本を読書していると、ルーファスが部屋にやってきた。
リスティーナは本を閉じて、ルーファスを出迎えた。

「すまない。読書中だったか?」

「大丈夫ですよ。丁度、ひと段落ついたところなので…。」

リスティーナはルーファスを部屋に招き入れ、長椅子に腰掛けた。

「手紙はもう書き終えたのですか?」

「ああ。呪いが解けたことと、大事を取ってもう一週間程ここに療養して滞在すると書いておいた。」

「すぐに王宮に戻らなくてもいいのですか?」

てっきり、手紙を出して、すぐに出発するかと思ったのに…。
そう思っていると、ルーファスは、

「それだと、君とゆっくりできないだろ。王宮に戻ったら、こうして気兼ねなく会えないし、忙しくなりそうだからな。それに、湖に行く約束もまだ果たしていない。」

「!」

ルーファス様…。覚えていてくれたんだ。
一緒に湖に行こうと言った約束を…。

「本当なら、一か月は滞在したいところだが、あまり長く滞在すると、今後の計画に支障が出るからな。」

「今後の計画?」

思わず聞き返すと、ルーファスは頷き、実は…、と話し出した。

「俺もそろそろ覚悟を決める事にしたんだ。俺は今までずっと呪いのせいで王族としての務めを果たしていなかっただろう?だけど、奇跡的に呪いが解けた。だから、これからはこの国の王族として、国の為に貢献していこうと考えたんだ。」

「まあ…!」

ルーファス様…。何て立派な志だろう。
今まで辛く、苦しい目に遭ってきたのに、それに悲観することなく、ここまで崇高な考えを持つことができるなんて…。
ルーファス様には王族としての矜持があるんだ。

普通、王族に生まれたからといって、誰もがこんな風に覚悟と責任感を持つことができるとは限らない。
大半の王族はその地位に胡坐をかき、努力を怠り、怠惰になり、王族としての義務も果たさずに贅沢三昧するものだ。
メイネシアでもそうだった。レノアや他の王女、王太子の異母兄も…。
彼らは王族として生まれたのに、国民の為に、国の為に何かをしようという考えは欠片も持っていなかった。
自分達は王族だから、高貴な身分の人間だから何をしても許されるという考えを持っていた。
でも、ルーファス様は違う。
リスティーナはルーファスを尊敬の眼差しで見つめた。

「素晴らしいです…!私、ルーファス様のようにここまで国や民を思いやる方は見たことがありません。そんなルーファス様を私は尊敬します。」

「…ありがとう。君にそう言って貰えるだけで俺はどこまでも頑張れる気がする。」

ルーファスはリスティーナの手を持ち上げると、手の甲にチュッとキスを落とした。

「そ、そんな…。私は何も…。でも、あの…、無理はしないでくださいね?」

「ああ。」

ルーファスはリスティーナの言葉に頷き、優しい表情でこちらを見つめる。
そんなルーファスにドキッとした。
し、心臓が…!リスティーナは思わずルーファスから視線を外した。
まだリスティーナはルーファスの容姿に慣れることができない。
顔が綺麗すぎるのも一つの凶器なのだとリスティーナは思い知った。

リスティーナは動揺を押し隠すように慌てて、別の話題を口にした。

「あ!そ、そういえば、ルーファス様。ノエルはどこに行ったか知りませんか?目が覚めてからノエルを見ていなくて…。」

そう。あれから、リスティーナはノエルを見ていないのだ。
いつも私かルーファス様の傍にいるのに…。

「ノエルなら…、しばらくここには帰ってこないと思うぞ。時々、こういうことがあるんだ。フラッと消えていなくなったと思えば、一週間後位したら、また戻ってくるという事が。」

「そうなんですか?あ、そういえば、猫は気まぐれでそういう習性があると聞いたことがあります。」

「そういうことだ。だから、心配はいらない。その内、ひょっこり戻ってくるだろう。」

「大丈夫でしょうか?怪我をしたり、お腹を空かせてるんじゃ…、」

「あいつは元々、野生の猫だから大丈夫だ。いつも無傷で帰ってきてるからな。」

「そ、そうですか。」

ルーファスの言葉にリスティーナはホッとした。
そんなリスティーナを見て、ルーファスは手袋越しに右手をギュッと握りしめた。



「王宮に戻ったら、先程の件を父上に掛け合うつもりだ。」

「陛下に…?」

ということは…、ルーファス様はハロルド皇帝と話をするという事…。

「ルーファス様…。あの、大丈夫ですか?陛下と話すのはその…、」

「心配するな。言っただろう?もう俺は父上に対して、何とも思ってない。父親というよりは、交渉相手と話す位の心づもりだ。それより、悪かったな。俺の都合で一週間という短い間しか滞在ができなくて…。」

「い、いえ!そんな…!一週間もあれば十分ですよ。」

一週間…。その間、ルーファス様と一緒に過ごすことができるんだ。
嬉しい。たった一週間だけでもこうして、彼の傍にいることができることが…。

「リスティーナ。湖もいいが、明日は町にでも行ってみないか?」

「え、いいのですか?是非!行きたいです!」

ルーファスの誘いにリスティーナは目を輝かせた。
思わず即答してしまった。は、はしたなかったかな?
リスティーナは我に返り、おずおずと不安そうにルーファスを見上げる。
そんなリスティーナの反応にルーファスはつられるように微笑むと、

「じゃあ、明日は町に行くとしよう。」

「は、はい!」

ルーファスの言葉にリスティーナは笑顔で頷いた。
ルーファス様と外に出かけるのは初めて…。
リスティーナは楽しみのあまり、胸がドキドキした。
早く明日にならないかな…。



ルーファスはリスティーナが読んでいた本に目を留めた。

「ステラ伝記を読んでいたのか。」

「はい。私、この人の伝記が大好きなんです。」

リスティーナはそう言って、ステラ伝記の本をルーファスに見せた。

「ステラ伝記とは、ステラ女医のことか?神の手と呼ばれた天才外科医の…。」

「ええ。そうです。ルーファス様もステラ女医を知っているんですか?」

「昔、アルセルラ国史とステラ伝記を読んだことがある。それに、ステラはアルセルラ国の歴史には欠かせない人物だからな。
確かステラは元々、アルセルラ国の町医者だったが王太子を救った功績で王宮医師に任命されて、最終的にアルセルラ国の王妃となったんだな。」

さすが、ルーファス様。よく知っているのね。リスティーナは思わず感心する。

「はい!ステラは男女差別が激しい時代の中で医者になりたいという夢を持って、最後まで諦めずに自分の意思を貫き通して、世界で初めての女性医師になった人なんです。
女は結婚をして、子供を産むのが役目だといわれていた時代に医者になるという選択をしたステラはすごく自立した強い女性だなって思って…、」

そこまで話して、リスティーナはハッと口を噤んだ。
し、しまった!やってしまった!
昔のような男女差別はされなくなったが現代でも男尊女卑の考えは根強く残っている。
基本的に女は男を立て、目立たず、控えめにするのが美徳とされている。
なのに、自立した女性に憧れるなんて、それはつまり、理想の女性像とはかけ離れた女になりたいと言っている事と同じ。
一度、母国でそれを口にしたら、レノアと取り巻きの令嬢達に失笑されたことがある。
あの時も異母姉と貴族令嬢達に「はしたない。」、「これだから平民は…、」と蔑まれた覚えがある。
きっと、ルーファス様も呆れて…。恐る恐るルーファスを窺えば、

「そうか…。君は本当にステラ女医が好きなんだな。確かにあの時代で女性が医者になるというのはすごいことだ。」

呆れて…、ない?
ルーファスはリスティーナを微笑まし気に見つめている。
リスティーナと目が合ったルーファスはん?と優しい目で見つめ返してくれる。
もしかして、ルーファス様なら…、
リスティーナはギュッと手を握り締めて、ルーファスに質問した。

「あの…、ルーファス様はステラ女医の生き方についてどう思いますか?」

「そうだな…。ステラは女性の身でありながら、医者になり、多くの実績を残した。
世界初の手術の成功や難病の治療法の発見、ハンセン病の特効薬の開発…。ステラが医学教育に最も貢献した女性だといわれているのも納得だ。
それに、アルセルラ国が女性教育の向上や女性の権利を保護する法律の制定が定められるようになったのもステラの進言があったからだといわれている。
他にも、医学校や病院、医学の研究所の開設にも尽力していたようだし…。
これだけの偉業をステラは成し遂げたんだ。俺はステラは偉大な歴史人物だったと思うし、その生き様は尊敬に値すると思う。君が憧れるのも分かる気がする。」

「ッ…!」

やっぱり、ルーファス様は…、女性だからといって、差別したりしないんだ。
こんな人が…、いるんだ。リスティーナは胸が熱くなった。

「そ、そう!そうなんです!ステラの凄い所はただの医療の実績だけじゃないんです!勿論、医療の実績だけでも十分過ぎる位、貢献していますけど…!ステラはそれだけじゃなくて、教育や法律の改正にも関わって、たくさんの改革を成し遂げた凄い人なんです!」

ルーファスも自分と同じようにステラを尊敬しているのだと知ると、嬉しくて、リスティーナは思わず身を乗り出して、興奮したように話し出した。

「そんなステラの生き方に憧れた女性達もたくさんいたんです!ステラの助手として有名だったフローレンス女医もその一人で…、」

リスティーナはハッと我に返った。
ルーファスはジッとリスティーナを見つめて、話を聞いてくれていた。
しまった!またやってしまった…!
リスティーナは慌てて口を噤んだ。
好きな事について語り出すと、止まらなくなってしまうのがリスティーナの悪い癖だった。
子供の頃に一度、それで失敗して、それ以来、人前では話さないようにしていたのに…!

「どうした?リスティーナ。急に黙り込んで。続きを聞かせてくれ。」

「あ、あの…、ルーファス様。こ、こんな話、退屈ではないのですか?」

「退屈?まさか。君の話はとても興味深い。それに…、」

ルーファスはリスティーナを見て、フッと優しい笑みを浮かべると、

「気付いてないかもしれないが…、君は好きな事をしたり、好きな話をすると、目がキラキラするんだ。
そして、とても幸せそうに笑うんだ。そんな君に俺はいつも目を奪われる。」

「え、ええ?」

う、嘘?私、そんな顔をしていた?そ、それに目がキラキラって…、リスティーナはルーファスの誉め言葉にかああ、と顔を赤くした。

「今だってそうだ。ステラの事について話す君はとても楽しそうで…、宝石みたいに目がキラキラしている。そんな君を見ていると、俺もつい楽しくなる。だから、もっと聞かせてくれ。」

「る、ルーファス様…。」

不思議…。ルーファス様と話していると、自分の卑屈な心が軽くなっていく気がする。
リスティーナはルーファスに促されるように、ぽつり、ぽつりと話し出した。
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