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第四章 覚醒編

信じる

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パチッと目を開けると、見覚えのある寝台用の天蓋シーツが目に映った。

「リスティーナ。目が覚めたのか?」

聞き覚えのある声に横を向けば、ルーファスの姿がそこにあった。

「ルーファス様…。」

ルーファスがリスティーナの顔を覗き込み、額に手を当てる。

「熱は下がったようだな。気分はどうだ?」

「だ、大丈夫です。あの…、私、一体…。」

「君はあの後、熱を出して倒れたんだ。」

そう言って、ルーファスはリスティーナの前髪を掻き分け、優しく額を撫でてくれる。

「俺を看病したせいで碌に睡眠や食事をとっていなかったらしいな。それで、疲れが溜まって熱を出してしまったんだろう。」

「ち、違います!ルーファス様のせいじゃありません!熱を出したのは、私が雨の中、勝手に一人で出歩いたからで…。」

暗い表情をするルーファスにリスティーナは慌てて首を横に振った。
が、ルーファスはグッと唇を噛み締めたまま、リスティーナの手をそっと両手で握ると、

「それから…、スザンヌから聞いた。俺が痙攣を起こした時、君は自分の腕を噛ませて、そのせいでひどい傷を負ったと…。すまない。痛かっただろう?」

「私が勝手に自分でしたことです。ルーファス様が責任を感じる必要はありません。それに、もう全然痛くないですし…。」

リスティーナは起き上がり、自分の腕に視線を移した。
しかし、そこに包帯は巻かれておらず、傷が綺麗に消えていた。

「あれ…?傷が消えている…?」

あの傷は一日や二日で治るような傷ではなかった。これは、一体…?

「実は、君が寝ている間に薬草でポーションを作ったんだ。」

「ポーションを?」

確か、ポーションってとても貴重な物で貴族でもなかなか手に入らないと聞く。
それに、ポーションを作るには錬金術の習得が最低条件だ。

「ルーファス様は錬金術を習得していたのですか?」

「いや。俺は錬金術を習ったことは一度もない。」

「それじゃあ、一体どうやって…、」

「本で読んで実際に試しに作ってみたら、運良く完成したんだ。」

ほ、本を読んで…?つまり、独学?それだけでポーションって作れてしまうの?
リスティーナは驚きで思わずまじまじとルーファスを見つめる。
凄い…!本を読んだだけでポーションを作ってしまうだなんて…!

「ルーファス様…。ありがとうございます。私の為に貴重なポーションを作ってくださるなんて…。」

「俺のせいで傷を負ったのだから、これ位は当然だ。君の肌に傷が残らなくて、本当に良かった。」

「ルーファス様…。」

リスティーナはルーファスの柔らかい笑みにドキッとした。
彼の言葉が嬉しくて、思わずはにかむ。
呪いが解けても、ルーファス様の優しさは変わらない。

「それに…、礼を言うのは俺の方だ。リスティーナ。俺を最後まで見捨てずに看病をしてくれて、ありがとう…。」

ルーファスはリスティーナの髪を一房手に取ると、髪の毛先に唇を落とした。

「俺がこうして、生きているのは君のお蔭だ。」

「そ、そんな…!大袈裟です。ルーファス様が頑張って耐えたからこそで…、」

「そんなことはない。」

ルーファスはリスティーナの目を真っ直ぐに見つめた。
その真剣な表情にリスティーナはドキッとした。

「君が俺を助けてくれたんだろう?」

確信を持った言い方だった。

「前に話していただろ。君の母親の形見のペンダントは一生に一度だけ願いを叶えることができる魔法のペンダントだと。それを使ったんじゃないのか?」

確かにルーファス様にはその事を話した記憶がある。
まさか、あの話を信じてくれていたの?

「ルーファス様…。あの…、」

リスティーナはルーファスに話すべきか迷った。
アリスティア様とのことを…、話しても信じてもらえるだろうか?
こんな夢みたいな話…。

「リスティーナ。本当の事を教えてくれ。俺は君の口から聞きたいんだ。」

ルーファスの見透かすような眼差しにリスティーナは恐る恐る口を開いた。

「わ、私…。確かにルーファス様の言う通り、ペンダントを使って、お願いしたんです。でも…、」

リスティーナはポツリ、ポツリとあの日に起こったことを話した。
ペンダントにお願いしても、ルーファスの状態が急変してしまった事、最後には心臓が止まってしまった事。絶望して、ペンダントを投げ捨ててしまい、そのまま眠ってしまった事…。

「私…、夢でアリスティア様に会ったんです。信じられない話かもしれませんが…、でも、本当なんです。
女神様は本当にこの世にいたんです。夢の中でアリスティア様が…、私のお願いを聞いて、ルーファス様を助けて下さったんです。」

「そうか。」

ルーファスはリスティーナの話に頷いた。その反応にリスティーナは驚いた。

「えっ…?あの、ルーファス様…。私の話を…、信じてくれるのですか?」

ルーファス様はこんな嘘みたいな話を信じてくれるの?

「勿論だ。俺は君を信じる。君が嘘を言うような人間でないことは俺が一番よく知っているからな。」

ルーファスの言葉がジーン、と胸に響く。
ルーファスは微笑み、リスティーナの手を取ると、指先にキスを落とした。

「君は俺の命の恩人だ。この恩は一生、忘れない。」

「そ、そんな…!ルーファス様を助けてくれたのはアリスティア様です!私ではありません。」

「君が女神に祈ったからこそ、女神はその願いを聞き届けてくれたんだ。…だから、君のお蔭だ。君が俺を救ってくれたんだ。」

そんな…、そんな筈ない。私にはそんな奇跡のような力は持ってない。
確かに私は女神様にお願いをした。ルーファス様を助けて下さい、と…。
でも、私がしたことはただ女神様にお願いをしただけだ。
あのペンダントだって、元々は母の物だった。呪いを解いたのだって、アリスティア様の力によるものだ。
私ではない。私には呪いを解く力なんてない。
リスティーナはルーファスの言葉に頷くことができなかった。
ルーファスはそんなリスティーナの肩に手を置くと、視線を合わせた。

「リスティーナ。俺は君に誓う。君が俺を助けてくれたように今度は俺が君を守ってみせる。…絶対に。」

紅と青の瞳は強い意思と決意の光が宿っている。真剣な眼差しにリスティーナは胸がドキドキする。

「俺は何があっても、君の味方だ。この先、何があってもそれは変わらない。どうか、それは信じてくれ。」

「ルーファス様…。」

ルーファスの言葉がじわり、じわりと胸に広がる。
リスティーナはルーファスの手をキュッと握ると、

「わ、私も…!私もルーファス様の味方です。私もこれから先、何があってもルーファス様を信じます。」

そう返したリスティーナにルーファスは目を瞠り、やがて、フッと優しく目を細めると、

「ああ…。」

ルーファスはリスティーナの手に自分の指を絡ませる。
そのまま腕を引き、ギュッと抱き締められる。
リスティーナも嬉しそうにルーファスに背中を回し、抱き締め返した。
この時間が一番幸せ…。

「リスティーナ。…その、キスをしてもいいか?」

「!」

そうだ。私、キスの最中に倒れてしまって…。リスティーナはかああ、と顔を赤くした。
ルーファスの腕が緩んで、身体を離される。
ルーファスの目がリスティーナをジッと見て、言った。

「駄目か?」

リスティーナはブンブンと首を横に振る。

「だ、駄目じゃないです…。」

そう言うのが精一杯だった。そんなリスティーナにルーファスは優しく微笑むと、身を屈めて顔を近づけた。ルーファスの端正な顔が間近に迫る。キラキラしたルビーとサファイアブルーの瞳に見惚れる。
チュッと唇が重なる。

「んっ…、」

びくっと小さく震えるリスティーナの身体をルーファスが引き寄せる。
口の中に舌がするりと入り込んできた。

「ふっ…、んん…、」

甘い…。久しぶりの深く濃厚なキスに頭がくらくらする。
息が上がり、時折漏れる息遣いから甘い声が上がる。
ルーファス様…。リスティーナは潤んだ目でルーファスを見上げる。
ルーファスが熱を孕んだ目でリスティーナを見つめる。
ルーファスの手がリスティーナの髪に絡まり、更にグッと引き寄せられる。
止まらないキスにリスティーナがそっと目を瞑ったその時…、

コンコン、と扉が叩かれる。

「殿下ー。言われた通り、氷枕の替えを持ってきましたよ。」

ルカの声にリスティーナは慌てて、バッとルーファスから身を離した。

「……。」

無言のまま俯いたルーファスは長い前髪のせいで表情が見えない。
気まずい雰囲気が室内に広がる。

「あれ?殿下?いないんですか?」

「……入れ。」

低い低い声だった。まるで怒りを押し殺したような…。

「失礼しまー、あ!リスティーナ様!目が覚めたんですね!良かったで…、」

何も知らないルカがリスティーナを見て、ニコニコと話しかけるがそのすぐ隣にいたルーファスを見て、ビクッとした。前髪から覗くルーファスの目がルカを鋭く睨みつけていたからだ。
おまけに背後から何か黒いオーラのようなものが見える様な気がする。明らかに機嫌が悪い主にルカはびくつきながら話しかけた。

「で、殿下?ど、どうしたんです?そんな怖い顔をして…、僕、何かしました?」

「…別に。俺は元からこんな顔だ。」

「いやいや!そんなあからさまに凶悪な目をしておいて、何言ってんですか!目が、目が怖い!」

リスティーナはドキドキしながら、深呼吸をして、心臓を落ち着かせた。
び、びっくりした…。ルカにルーファス様とのキスを見られなくて、良かった。
こんな姿を誰かに見られたら、恥ずかしすぎる…!
でも…、リスティーナはチラッとルーファスを見つめる。
嫌じゃなかった…。むしろ…、
リスティーナはそっとルーファスの服の袖を摘み、クイクイ、と引っ張った。

「ん?どうした?リスティーナ。」

リスティーナに向き直ったルーファスはいつもの優しい顔のルーファスに戻っていた。
そのルーファスの態度の差にルカは思わず絶句する。
リスティーナはそっとルーファスの耳元に囁いた。

「また、二人っきりの時にして、欲しい、です…。」

それだけ言うと、リスティーナはサッとルーファスから離れて、掛け布団を頭から被った。
は、恥ずかしい…!自分からこんな事言うなんて…。は、はしたなかったかな?

「あー、えっと…、ここに氷枕置いておきますね。…お邪魔して、すみませんでしたー!」

空気を察したルカが慌てて部屋から出て行く。
ルカが部屋を出て行った途端にルーファスが布団を引き剥がして、リスティーナにキスの雨を降らせるのはその数秒後の話。
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